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インフルとは俺のことかとFlu云い
推薦文 : 経済学部 青木 郁夫 教授
パンデミック・インフルエンザ・感染症 関連本

 新型インフルエンザの日本での第1回目の流行は、まだ続いている。南半球での流行が起こるなかで、WHO(世界保健機関)はフェーズ6のパンデミック(世界的流行)にあることを宣言した。今回の新型インフルエンザは、警戒されていた高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)ではなく、豚インフルエンザ(H1N1型――S-OIV)であった。そのため、防疫体制に若干の齟齬があったことが指摘され、また第1回目の流行においては感染力は強いものの弱毒性であることから、人々の警戒心をかなり弛緩させたことも事実であろう。しかしながら、秋口から予想される第二回目の流行においては、ウイルスの変異による強毒化が憂慮されており、感染予防および医療体制の構築には十分な配慮を要する状況が続いている。
 インフルエンザの語源はイタリア語のinfluenzaにあり、その病因を、インフルエンザが流行する冬の天体の配置の影響(influence)を受けているとする認識から生じたものとされている。

パンデミック・インフルエンザ・感染症 関連本
パンデミック・インフルエンザ・感染症 関連本

日本では、過去にはインフルエンザを「流行性感冒」といってきたが、近年、マスコミがインフルエンザを「インフル」と略している。それに対して、英語圏ではflu(フルー)と略す。かつて、「ギョーテとは俺のことかとゲーテ云い」という戯れ歌があったのに倣えば、「インフルとは俺のことかとFlu云い」である。
 新型インフルエンザが警戒されるなかで、過去の新型インフルエンザの流行(とりわけ、1918-20年の「スペイン風邪」)が回顧され、はるかにグローバリゼーションがすすみ、人々の交通が加速されている現在においては、「スペイン風邪」が全世界に感染するのに数ヶ月から1年を要したとみられているのに対して、新型インフルエンザは、4~7日で世界中に伝播し、1ヵ月以内に世界同時に多数の患者が発生するといわれている(岡田晴恵、田代真人『感染症とたたかう――インフルエンザとSARS』岩波新書、2003年)。そのため、「スペイン風邪」による死者が約4,000万~5,000万人(近年、アフリカやアジアにおける「スペイン風邪」に関する研究が進み、死者数は1億人にのぼったのではないかといわれている)であったのに対して、強毒性の新型インフルエンザが流行した場合には死者は6,000万人以上、最悪のシナリオでは4~8億人にたっするのではないかといわれている(山本太郎『新型インフルエンザ――世界がふるえる日』岩波新書、2006年)。
 あるいはまた、エボラ出血熱や、西ナイル熱などの各種の新興感染症の流行(エピデミック)の可能性が指摘されるなかで(相川正道、永倉貢一『現代の感染症』岩波新書、1997年)、こうしたことを素材とするSF小説もあらわれている。その一つに川端裕人『エピデミック』(角川書店、2007年)がある。これは、関東南部のC県、T市で発生した新たな感染症を防遏(ぼうあつ)するフィールド疫学者たちの9日間の闘いを描いたものである。感染を防遏するために、感染の「元栓」を締めるべく、感染元を追求していく過程は、推理小説にも似た錯綜した推論と論理構成で緊迫感に満ち、充分に楽しめるものである。この小説の主題は「感染症から世界を護るのは、つまりエピ(疫学)なんですね。本当の意味でのリヴァイアサンは、人間の理性であり、疫学である」ということに尽きる。

 近年、1918-21年の「スペイン風邪」に関する研究が世界的に行われてきている。日本においては、速見融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店、2006年)がある。こうした「スペインかぜ」の流行状況についての歴史学的研究がすすめられるなかで、当時公衆衛生および医療行政を担った内務省衛生局の報告書『流行性感冒』が東洋文庫から復刻された(内務省衛生局編『流行性感冒――「スペイン風邪」大流行の記録』東洋文庫778、平凡社、2008年)。「スペイン風邪」は第一次大戦が闘われているなかで感染がおき、終戦後も猖獗をきわめた。前後2~3回(論者によっては4回とも)流行をくりかえし、終熄していった。大戦中で情報が国家によって管理されているということもあり、また社会統計自体がまだまだ未成熟の状況にある国々が多く存在する時代において、精確な統計、精確な疫学的分析を求めようもない。しかしながら、この内務省衛生局編『流行性感冒』は、国際的にも、医学文献を渉猟してまとめられたものであり、貴重な記念誌的文献である。そもそも、「濾過性病原体」の存在は確認されていても、ウイルスの存在自体が確認されていない時代状況においては、「『インフルエンザ』の病原問題は猶未解決」な問題であった(現在では、H1N1型ウイルスであったと特定されている)。原因、発生機序が詳らかでなければ、その治療方法も、ましてや予防方法も万全は期しがたい。現代と同じように、予防に「マスク」が有効とされれば、「マスク」がすぐに払底し、「『マスク』の如きは供給需要に応ぜず、為に不正の商人暴利を貪る等の事実あり・・・各警察署長をして是等不正商人の取締を厳重に行」わすことにもなった。
 連合国衛生会議(1919年3月)では、「1919年に二回の流行を見たり。第一回は春期に来たり、広汎に瀰漫し、比較的良性にして合併症少なきを特色とす。第二回の流行は夏の末より終期に亘り、其の伝播蔓延の状勢は前回同様なるも、病性多くは重症にして殊に肺炎等の合併症多く、又時に電撃性なるあり、或いは肺炎敗血症とも称す可き症候を見たり」と報告された。また、「此肺炎敗血症にかかれるものは多く青年」であった。青年層に重篤者が多くみられるのは、免疫機構が産する炎症性サイトカインのためではないかとされている。今回の新型インフルエンザについても、今後の流行・感染、その強毒化の可能性に関して、「スペイン風邪」と同様の状況を辿るのではないかといわれている。
 日本における「スペイン風邪」の流行状況は(当時の総人口約5,700万人)、以下のようであった。


 インフルエンザの原因、病態、治療法が必ずしも明らかでない状況で、インフルエンザによる死亡数などが精確にわかるわけではないが、これが、公式の数値とされている。インフルエンザそのものを死因とする死亡数よりも、それが併発することになる肺炎や気管支炎などによる死亡数のほうが多いのかもしれない。そこで、インフルエンザの流行による「超過死亡」(インフルエンザ流行期のインフルエンザや肺炎・気管支炎による死亡数から、その流行がなかったと仮定した場合の推定死亡数を減じた数値)を推計することで、「スペイン風邪」流行による死亡数を推定する試みが行われている。速水融、小島美代子『大正デモグラフィ――歴史人口学で見た狭間の時代』(文春新書、2003年)は、その死亡者を48万9133人、約50万人であったと推定している。約39万人にせよ、約50万人にせよ、「スペイン風邪」によって、大量の死者がでたことは事実である。
 今回の新型インフルエンザに関する報道を聞いていると、「季節性インフルエンザでも毎年1万人以上の死者がでている」ということがでてくる。本当だろうか?という疑問がわく。現在の死因統計上インフルエンザを死因とする死亡者数が年1万人いるとは到底考えられない。こうした発言の根拠のひとつとされている研究、高橋 美保子, 永井 正規、「1987年-2005年のわが国におけるインフルエンザ流行による超過死亡」『日本衛生学雑誌』、Vol.63 (2008) No1, pp.5-19、によれば、インフルエンザ流行の月を「インフルエンザ死亡率0.9(人/10万人年)以上の月」としていることからすれば、どうもインフルエンザそのものの死亡率はかなり低く、インフルエンザ患者のうち肺炎その他の疾患を併発することで死に至る者が相当数に及ぶと理解される。したがって、インフルエンザ流行による「超過死亡」(流行がない場合に推定される死亡数を上回る、流行期における呼吸器系疾患等による死亡数)を推定することによって、「季節性インフルエンザ流行による死亡数」が年1万数千人から5万人程度という数値が得られる。「季節性インフルエンザによる毎年1万人以上の死亡」という言い方は、ややミスリーディングなのではないだろうか。この言い方からは、だから季節性インフルエンザの流行に対処すれば、毎年1万人以上の死亡を防げるように理解される。しかしながら、実際には、流行するインフルエンザ・ウイルスの型を想定してつくられるワクチンだけでは予防的効果は十分ではなく、死因となる細菌性肺炎などのワクチンの十分な生産もまた必要なのではないのだろうか。
 さて、「スペインかぜ」を偲ぶ医学・医療史的な記念物を、阿倍野にみいだすことができる。阿倍野にある「一心寺」は「骨仏」で有名であり、その山門は日本画家秋野不矩の意匠による奇抜なものである。境内には、法然上人御廟はじめ、さまざまな著名人の墓がある。お寺が発行する「一心寺墓碑銘銘伝」を手に、境内、墓地を歩いてみてはいかがだろうか。「一心寺」の境内に入って左手に、「大正八九年流行感冒病死者慰霊」碑がある。これは、1919-20年に「スペイン風邪」によって病没した人々(先の内務省報告によれば、当時の大阪の人口2,754,090人、患者473,131人、死亡者は11,280人にのぼった)を慰霊するために、「薬剤師小西久兵衛」によって建てられたものである。薬剤師小西久兵衛は道修町2丁目に店を構えた薬種商で、「日本薬品粉末株式会社」総代であった。明治期には滋養薬、造血剤として「滋養大関 次亜燐」を販売し、薬種の巨匠ともいわれた人物である。1917(大正6)年には、「小西薬剤学校」を開設している。その後、1927(昭和2)年には「小西商業学校」を開いている(現在、大阪女子商業高校に至る)。また、阿倍野区橋本には、「小西朝陽館」が残されている。





 新型インフルエンザへの対応に関して、社団法人日本感染症学会は緊急提言を発している。この緊急提言(「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について~(社)日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループからの提言」)は、「過去の我が国における新型インフルエンザ流行の実態から学ぶ」必要性を強調し、過去の事例と、インフルエンザ・ウイルスが同定でき、治療法も確立してきている現在の医学水準、および医療保障水準の違いを踏まえて対処することを、極めて冷静に、かつ科学的根拠にもとづいて提起しようとしている。わたしたちも、「パンデミック」という言葉によって「パニック」に陥ることなく、冷静で理性的な対応が必要なように思う。

 
パンデミックとは?

世界的な流行病のこと。または、ある病気が世界的に流行することをさす。有名な1918年のスペインインフルエンザ・パンデミックではその死亡者数は、2000万~5000万人と推定されている。予測は簡単ではないが、新しいウイルスの出現の可能性、そのウイルスがどれほど病原性が強いのか、またどの年齢群が影響を受けるのか、などについての国際的な連携に基づく疫学情報が重要になってくる。WHO(世界保健機関)では加盟国に対して備えを促し、その活動の支援を行っている。また、抗ウイルス剤やワクチンを備蓄する際のガイドラインも提供する。
”パンデミック[感染症への対策]【pandemic】”, 情報・知識 imidas, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2009-06-30)

 

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