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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
   

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考える力が未来を開く ― 本は思考力の源泉である
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 6月の風に揺られて、みずみずしい季節がゆっくりと流れている。
 「人間は考える葦である」と述べたのは、フランス人のパスカル(1623~1662)である。「考えることが人間を偉大にする」、これもパスカルの言葉だ。彼は「パンセ」(『パスカル パンセ Ⅰ』(前田他訳、中公クラシックス、2001年)のいたるところで、「考えること」の重要さを訴えてやまなかった。日本人のなかで「考えて生きること」を強調し続けているのは、むのたけじ(1915~)である。戦時中、朝日新聞の記者をしていたむのは、真実の伝達よりも大勢への迎合に傾いた新聞の論調に戦後になって異議を唱え、退社して故郷の秋田に帰り、「週刊たいまつ」を出し続けた。むのの『詞集 たいまつ』(評論社、1997年)は、「<体重をかけたコトバ>」(612頁)からなる2000の断章集である。戦時中の状況を支配した「<コトバの空洞>」(601頁)に抗して書き続けられたものだ。「文は人なり」。むのの生きる姿勢と迫力が伝わる断章のいくつかを紹介しよう。「美しいといえる生き方があるとすれば、それは自分を

むのたけじ

鮮明にした生き方である。」(29)「学ぶことをやめれば、人間であることをやめる。生きることは学ぶこと、学ぶことは育つことである。」(244)「相手の良くない面を正確に見ない者は、相手の良い面をも正確に見ていない。他人の悪い面だけを見たがる者は、自分で自分をよく見ていない。」(532)次の断章は、むのの断固とした覚悟を伝えている。太字にしよう。「変えようと自分から考えて努力しなければ変わらないもの、自分で変えようと考えて努力すれば変わっていくもの―それが人間、その生活、その考えである。」(846)「もう300年前にフランスの哲学者B・パスカルは、『考える葦―私はいかに多くの土地を所有したとて私以上に大きくなれない。宇宙は空間によって私を包み、一つの点として私を呑む。けれど考えることによって私は宇宙を包む』と宣言した。」(846)おしまいにもう一つだけ。「恋するとは、心を変えることである。自分を変えることによって相手を変えようとする決意である。相手によって自分が変えられたいとする願望である。」(98)生きるヒントが、寸鉄が、闇を照らす光の言葉が新鮮だ。ぜひ熟読をすすめたい。未来を開く力が得られるだろう。

 詩人の永瀬清子(1906~1995)も、心に響く言葉を断章として残している。『短章集 蝶のめいてい/流れる髪』(思潮社、2007年)は、彼女が日々の生活のなかで、母親として、農婦として、一人の詩を書く女性として感じたこと、考えたことを書きとどめたものである。どの言葉にも、人の心に染み入る力があふれ、思索に誘われる。「日々は垂直に立った梯子をのぼるように困難だ。しかも上へ行けば行くほど。」(18頁)「挫折することのない人は信用できない。人は宿命として挫折によって『人間』を獲得する。心をこめた仕事であれば苦しみがなくて完成しようか。愛することを知るものが悩みなくてありえようか。」(31頁)「愛とは/相手の中に未知の大陸を感じる事なのだ。」(133頁)という、はっとするような一文もある。「単純それ自身が深淵」(66頁)というタイトルがついた短章は以下のとおりだ。
   瞬間に来て長くひびく。
   単純それ自身が深淵。
   うたうことが思うこと。
   観ることはつかむこと。
   悟ることは生きること。
『短章集 続 焔に薪を/彩りの雲』(思潮社、2008年)も、おすすめの続編だ。言葉が照射する日常の断面が鮮やかに刻印されている。

 断章や詩は、時代の動向や、人間の行状の観察と思索を基礎にして形づくられる。美術史の世界では、イメージ(目に見えるもの)と対話し、それを深めるために人類の歴史や文化を知り、様式の変遷を辿りなおすことが欠かせない。目に見えるものが何を表現しているかを理解するためには、注意深く見るだけでなく、研究書を読んで考え、それをイメージとつき合わせる作業がいるのだ。若桑みどり(1935~2007)の『イメージを読む』(ちくま学芸文庫、2005年)は、イメージに込められた意味の解読手続きを、美術史に素人の大学生向けに語ったものである。わかりやすいが、レヴェルは落としていない。第一級の美術史の入門書だ。若桑の卓越した語りが、読者を、ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画や、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザへと誘う。後者の副題は、「そこに秘められたほんとうの謎とはなにか」である。「目からうろこ」のスリリングな内容で、絵を見る楽しさと絵の意味を考える喜びが存分に与えられる。一枚の絵画の解読を通じて、画家の個性や宗教観、創造の苦しみ、時代との格闘の歴史などもわかり、この本を読んだ後では、芸術観や絵に向かう態度が一変することは間違いない。人間を豊かにする一冊だ。

 イメージをもとにして、あるいは人や風景、時代に触れて、考える、読む、書くという作業は知的な冒険であり、冒険は人間を鍛える、人間を今とは違う場所に導いてくれる。冒険には困難が伴うが、それをなしえた時の喜びは大きい。とはいえ、頭や手を使うことは、しばしば面倒であり、それを避けて簡単にできることしかしない方向へと流されることも少なくない。しかし、日ごろの惰性と運動の軽視が硬化した身体に結びつくように、知的運動の不足は人間の衰弱という不幸につながる。であればこそ、人は「幸福論」を語り、幸福になる道筋を探ってきたのだ。アラン(1868~1951)の『幸福論』(神谷幹夫訳、岩波文庫、1998年)は、93のプロポ(断章)からなる傑作である。フランスの高校で教えたアランは、シモーヌ・ヴェイユ(1909~1943)の先生でもあった。生き生きとした思考が躍動し、若々しい力に満ちたアランの文体は、それを読む人を元気にする。「仕事を規則正しくすること、そして困難を、さらなる困難をも乗り越えること、これがおそらく幸福に至る正道である。」(293頁)「なるほど、われわれは他人の幸福を考えねばならない。しかし、われわれが自分を愛する人たちのためになすことができる最善のことは、自分が幸福になることである。」(304頁)アランは幸福になることの難しさを心得ていた。それゆえにこそ、幸福への意志を強調し続けたのである。「人はだれも、男も女も、幸福は、ぼくの言うのは自分のためにかちとる幸福だが、それはもっとも美しい捧げ物であり、もっとも恵み深いものであることを、たえず考えねばならないであろう。」(312~313頁)
 アランには、『四季をめぐる51のプロポ』(神谷幹夫編訳、岩波文庫、2002年)という好著もある。「大いなる季節」という断章の出だしは次のように始まる。「われわれの生き方は季節に拠っている。われわれの気分は、まるで6月の空のように移り気だ。」(66頁)

 
人物紹介

パスカル(Blaise Pascal) [1623~1662]

フランスの数学者・物理学者・思想家。円錐曲線における定理の発見、計算器の考案、トリチェリの真空実験の追試の成功に基づくパスカルの原理の発見や、確率論の創始など、多くの科学的業績を残した。ジャンセニスムの信仰に入り、イエズス会を「田舎の友への手紙(プロバンシアル)」で攻撃。キリスト教弁証論を書くための覚え書きが死後「パンセ」としてまとめられた。
”パスカル【Blaise Pascal】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-05-20)

むのたけじ(むの-たけじ) [1915-]

昭和-平成時代のジャーナリスト。
大正4年1月2日生まれ。「報知新聞」記者をへて、昭和15年「朝日新聞」にうつる。20年敗戦の日に新聞の戦争責任を理由に退社。郷里秋田県の横手にかえり、23年週刊新聞「たいまつ」を創刊。地方の視点で発言をつづける。東京外国語学校(現東京外大)卒。本名は武野武治。著作に「たいまつ十六年」「雪と足と」「いのち守りつなぐ世へ」など。
”むの たけじ【むの たけじ】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-05-20)

永瀬清子(ながせ-きよこ) [1906-1995]

昭和-平成時代の詩人。
明治39年2月17日生まれ。佐藤惣之助に師事し、「詩之家」同人となる。昭和5年詩集「グレンデルの母親」を発表。20年郷里の岡山県にかえり、農業に従事しながら詩をつくる。一貫して人間愛にあふれる詩をかき、27年詩誌「黄薔薇」を創刊。「あけがたにくる人よ」で62年地球賞、現代詩女流賞をうけた。平成7年2月17日死去。89歳。愛知県立第一高女卒。
”ながせ-きよこ【永瀬清子】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-05-20)

若桑みどり(わかくわ-みどり) [1935-2007]

昭和後期-平成時代の美術史家。
昭和10年11月10日生まれ。川端香男里(かおり)の妹。昭和37年ローマ大に留学。59年母校東京芸大の教授、63年千葉大教授、のち川村学園女子大教授。16、17世紀のイタリア美術を専門とし、美術における女性の位置もテーマに研究をおこなった。55年「寓意と象徴の女性像」でサントリー学芸賞、60年「薔薇(ばら)のイコノロジー」で芸術選奨。平成17年「クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国」で大仏次郎賞。平成19年10月3日死去。71歳。東京出身。
”わかくわ-みどり【若桑みどり】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-05-20)

アラン(Alain) [1868~1951]

フランスの哲学者・モラリスト。本名、エミール=オーギュスト=シャルチエ(Emile Auguste Chartier)。合理主義の立場から、哲学のみならず道徳・芸術・教育・政治などの諸分野で人間性を称揚。著「精神と情熱に関する81章」「幸福論」「人間論」など。
”アラン【Alain】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-05-20)

 

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