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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
   

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本は世界を読み解く鍵 ― いま起きていることを知ろう
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 「われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、われわれはどこに行くのか。」ゴーギャンのこの問いかけは、価値観が多様化し、社会環境、地球環境が激変しつつある今日、一層身近なものになっている。この問いに対する答えの一端は、現に世界の各地で起きていることを知ることによって得られるかもしれない。今回は、各地の現状を報告したいくつかの興味深い本を紹介しよう。

 堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年)は、今アメリカで起きていることの臨場感あふれる報告書である。「新書大賞2009」を受賞している。「あとがき」で堤は書く。「9・11テロの瞬間をとなりのビルから目撃していた私の目の前で、中立とは程遠い報道に恐怖をあおられ攻撃的になり、愛国心という言葉に安心を得て、強いリーダーを支持しながら戦争に暴走していったアメリカの人々。」(203頁)著者は、「9・11で生かされたことをきっかけにジャーナリストに転向し」(同頁)、その後ニューヨークと東京を舞台に執筆活動に従事している。

「われわれはどこから来たのか、われわれは何者なのか、われわれはどこに行くのか。」ゴーギャン

 貧困によって生み出される肥満国民、民営化による国内難民と、自由化による経済難民の状況などが、苦しむ人々の発言や、丹念な取材にもとづく具体的状況の描写によって生々しく語られている。 アメリカの情報操作の現実にも驚くが、第5章「世界中のワーキングプアが支える『民営化された戦争』」は、とりわけ衝撃的だ。アメリカの現実が近未来の日本の現実だとすれば、他人ごととは思えない一連の報告である。
 著者は経済重視型の民主主義と、いのちをものさしにした民主主義を区別している。「前者では国民はなるべくものを考えない方が都合よく、その存在は指導者たちにとっての『消費者・捨て駒』になるが、後者では国民は個人の顔や生きてきた歴史、尊厳を持った『いのち』として扱われることになる。」(186頁)日本にも決して当てはまらないとは言えない区別ではないだろうか。

  『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(同、2010年)も文句なしに読み応えのあるルポルタージュだ。著者は、教育、医療、高齢化と小子化、格差と貧困、戦争、政府と企業の癒着といった深刻な問題を論じる一方で、そうした悲観的な状況に抗する人々の動きにも注目し、「あとがき」でポジティヴな言い回しを残している。「大統領の肌の色ではなく、ごく普通の人々の意識のなかにもたらされたチェンジが、貧困大国アメリカの未来を、微かに照らし始めている。/民主主義はしくみではなく、人なのだ。」(215頁)

 堤が描くアメリカは貧困の大国だが、アメリカにはもうひとつの顔がある。金融の大国である。その秩序が崩れ、あっという間に世界が経済的な危機の波にのみこまれた。一体、何が起こったのか。よほどの専門家でなければ、その理由をきちんと説明できないだろう。金融のプロたちがあらん限りの知力を振り絞って作りあげた、高度で、複雑なデリバティブ商品の数々がどのようにして生まれ、金融システムの破綻に結びついたのか。ジリアン・テットの『愚者の黄金 大暴走を生んだ金融技術』(平尾監訳、土方訳、日本経済出版社、2009年)は、その全貌をわかりやすく伝えてくれる。著者はイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙の金融担当の副編集長であり、2007年には、金融ジャーナリストの最高の栄誉である「ウィンコット賞」を受賞している。10年前の日本の金融危機の現状を東京支局長として目の当たりにしている。その当時の観察が、今回の報告に生きている。監訳者によれば、原書の副題は「J・P・モルガンの小グループの革新的な技術は、ウォール街の強欲によってどのように歪められて金融危機をもたらしたのか」(363-364頁)である。本書のキーワードは、金融の巧妙な「技術」と、その技術を手中に収めた人間のあくなき「強欲」であろう。一人の人間の欲に駆られた末の顚末は、時に笑い話ですむが、欲深いバンカーたちの振る舞いと直結する金融システム崩壊は、深刻な後遺症を残す。本書は、イギリスにおける2009年度の優れた一冊に与えられる金融図書賞を受賞しており、金融の世界の現実を知るには格好の書物である。専門的な内容だが、具体的なエピソードも豊富であり、ついていけないほど難しくはない。難しい内容をやさしく語るという著者の力量は抜群である。

  地球上には、人々が過酷な労働を強いられ、過剰な消費へと駆り立てられる国々もあれば、貧富の差が拡大する一方の国もある。照明が夜の闇を追放する国があれば、夜の闇が息づく世界もある。国分拓(NHKのディレクター)の『ヤノマミ』(NHK出版、2010年)は、陽が落ちると漆黒の闇に沈むアマゾンの森に生きる人々の暮らしぶりを、彼らとの150日間の同居生活を通じて描いたものである。ヤノマミ(人間という意味)族は、ブラジル最北部の広大で深い森のなかで、1万年以上も前からの伝統や風習を保って生きる部族であり、「文明」の側からの厄災を免れた稀有な例外と言ってよい。電気も水道もトイレもない集落では、昔ながらの狩り(相手はワニやサル、鳥など)の獲物と、焼畑式の畑仕事の産物が生活を支える。シャボノと呼ばれる巨大なドーナッツ状の家が住処で、中央部分は空白の空間だ。宗教的行事の場所となる。祈祷と治療に従事するシャーマンは精霊の導き手である。シャーマンの語りを聴こう。「地上の死は死ではない。/私たちも死ねば精霊となり、天で生きる。/だが、精霊にも寿命がある。/男は最後に蟻や蝿となって地上に戻る。/女は最後にノミやダニになり地上に戻る。/地上で生き、天で精霊として生き、最後に虫となって消える。/それが定めなのだ。」(168頁)誕生も死も天と地の循環のなかで捉えられる。陣痛の痛みに耐えて出産した少女は、相手のわからぬままに産まれた嬰児を自分の手と足で絞め殺し、白蟻の巣に納める。白蟻がすべてを食い尽くした後で、巣は燃やされる。モシャーニという少女は言う。「腹が痛くなって森に行った。産まれた子どもは天に精霊のまま返した。首を絞めて白蟻の巣に入れた」。(196頁)伝統の掟に従う少女の振る舞いを痛ましいと受け取るのは、部外者の感傷でしかないだろう。
 何人かの女の出産についての記述が、『ヤノマミ』のなかでは最も強い印象を残す。男たちは出てこない。嬰児を精霊のままに天に返すか、人間として育てるかを決めるのは産んだ本人自身である。類似の選択の場面を目撃し、その基準がわからないままに、おろおろとうろたえる著者の心は次第に引き裂かれていく。「心の動揺は収まらなかった。なぜ。これほど心が掻き乱されるのだろう。あれこれ考えてみたものの、考えれば考えるほど、動揺は深まっていくようにしか思えなかった。/僕の中で何かが崩れ落ちそうだった。考えれば考えるほど、何かが壊れてしまいそうだった。」(221頁)NHKで映像化された番組のナレーションを務めた舞踏家の田中泯は、「分からないことは素晴らしいことなのだ」(313頁)と国分に告げる。国分は、それを、「『考えることを止めるな』」(同頁)という意味に受け取る。
 国分は振り返って言う。「ヤノマミの世界には、『生も死』も、『聖も俗』も、『暴も愛』も、何もかもが同居していた。剥き出しのまま、ともに同居していた。/だが僕たちの社会はその姿を巧妙に隠す。虚構がまかり通り、剥き出しのものがない。・・・/ヤノマミは違う。レヴィ=ストロースが言ったように、彼らは暴力性と無垢性とが矛盾なく同居する人間だ。善悪や規範ではなく、ただ真理だけがある社会に生きる人間だ。そんな人間に直に触れた体験が僕の心をざわつかせ、何かを破壊したのだ。」(310頁)
 国分の心を破壊したヤノマミの世界は、いまや、資源の開発と経済の発展を貪欲に追い求める文明による、以前とは桁違いの大規模な侵略に曝されようとしている。その世界では、文明への依存と文明への憎悪という二つの傾向があい争っているという。(303頁参照)利益と効率を優先する資本主義の論理が、アマゾンの奥地を支配し、ヤノマミの世界を破壊しつくす日は遠くないのかもしれず、地球はますます平板化し、深い闇も失われていくのかもしれない。文明の野蛮に乾杯する人は増え続けることになるのか。
 われわれは何者なのだろうか。どこへ行こうとしているのだろうか。

 
人物紹介

堤未果(つつみ-みか)

東京都生まれ。父はジャーナリストのばばこういち、母は詩人の堤江実。私立和光学園の小学校、中学校、高校を卒業後、アメリカに留学する。1995年ニューヨーク州立大学国際関係論学科を卒業し、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程を修了。大学留学中の94年9月には「つつみみか」のペンネームで、自らの留学経験を綴った『空飛ぶチキン~私のポジティブ留学宣言』(創現社出版)を出版した。その後、国連、アムネスティ・インターナショナル・ニューヨーク支局員を経て、米国野村証券に勤務。2001年9月11日、米同時多発テロに遭遇する。世界貿易センタービルの隣のビルで働いていたがかろうじて避難した。これを機に、アメリカが抱える問題について取材と執筆活動を開始する。
”堤未果”, JK Who's Who, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-06-24)

 

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