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古典の森を散策してみよう(1) 老子に学ぶ
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 よく売れている本がよく読まれているとは限らないし、人々の耳目を集める本が質の高い本とも限らない。この種の本には当たりはずれが多い。それに対して、何百年あるいは千年、二千年以上の年月を経ても読み継がれる本に裏切られることはない。古典は、自然や世界、時代、人間を見る目を鍛え、狭量なものの見方を打ち砕き、考え方に幅と広がりをもたらしてくれる。若い時代に数多くの古典に親しみ、古に生きた人々の思索と内省を共にし、想像力の花開く言語的宇宙に遊ぶことは、人間の精神の振幅をダイナミックにするという意味でも期待してよいことだ。古典のなかに、周りの人間には話せないことを共に語り合える親しい友人を見いだすこともできる。

 『タオ―老子』(加島祥造訳、ちくま文庫)は、老子の言葉に共感した加島が、それを美しい日本語に移し変えたものだ。この書物によって、2500年前に中国にいたとされる老子の思想が美しく、やわらかい日本語で21世紀によみがえった。これは忠実な翻訳ではない。加島が老子の言葉を、創意工夫をこらして自由な口語訳で仕上げた、みずみずしい創造の果実なのだ。

老子に学ぶ

 老子は、社会に生きる人間が、所有欲や支配欲に駆られ、エゴイズムという妄執の虜になって争い苦しみ、死んでいく傾向を凝視する一方で、多忙な人間たちが顧みることの少ない自然、具体的には天と地、水の動き、空と虚などに永遠の「道(タオ)」との連関を見出し、それらに人間界を映し出す鏡の役割を与えている。第13章「たかの知れた社会なんだ」を少し長くなるが引用してみよう。

  ぼくらはひとに/ 褒められたり貶されたりして、/びくびくしながら生きている。/
   自分がひとにどう見られるか/いつも気にしている。しかしね/そういう自分というのは/
  本当の自分じゃあなくて、/社会にかかわっている自分なんだ。

  もうひとつ/天と地のむこうの道に/つながる自分がある。/そういう自分にもどれば/
  ひとに嘲られたって褒められたって/ふふんという顔ができる。/社会から蹴落とされるのは/
  怖いかもしれないけれど、/タオから見れば/社会だって変わってゆく。
  だから/大きなタオの働きを少しでも感じれば/くよくよしなくなるんだ。/
  たかの知れた自分だけれど/社会だって、/たかの知れた社会なんだ。

  もっと大きなタオのライフに/つながっている自分こそ大切なんだ。/
  そのほうの自分を愛するようになれば/世間からちょっとパンチをくらったって/
  平気になるのさ。だって/タオに愛されている自分は/世間を気にしてびくつく自分とは/
  別の自分なんだからね。

  社会の駒である自分は/いつもあちこち突き飛ばされて/前のめりに走ってるけれど/
  そんな自分とは/違う自分がいると知ってほしいんだ。

 現実の社会で生きることは窮屈で鬱陶しく、つらいことも多い。世間体が常に気になり、他人にどう見られているのかと不安になり、人間関係の渦のなかで消耗してしまうことも少なくない。ネット上の匿名の言語にひどく傷ついたり、振り回されたり、周りの圧力に気おされて自分が窒息しかねない場合も多々ある。他人の意地の悪い振る舞いや、残酷な言葉によって死に追いやられることもある。逆に、自分の自己中心的で無神経な言動やそぶりが知らないうちに他人を追いつめ、苦しめている場面もあるだろう。
 しかし、社会もその一部にすぎない天空には、いつでも雲が流れ、風が吹き渡り、大地には雨が染みこみ、やがて川となって流れている。水は大地を潤すだけでなく、生きとし生けるものすべてを養っている。目には見えない空気も、木々を揺らす風もそうだ。人はそれらに支えられて生きている。そのつながりのなかで生かされて生きている自分というものの姿に目覚める時、社会という狭い枠組みのなかで息苦しさとわずらわしさに悶え苦しみ、息絶え絶えになっていた自分が、開かれた、広大な天と地の空間へと解き放たれる。心にもさわやかな風が流れ、水の潤いが満ちてくる。やがて、タオの道に続く自分が見えてくるのだ。
 世界を見る視線の転換と解放を促す老子のメッセージは、実に鮮烈で力強い。2500年前も、今も変わることのない人間の自然(人間性=human nature)と自然(nature)への透徹したヴィジョンが生き生きと響いてくる。老子の見た自然は、いのちのつながりが奏でる、ゆったりとした生成の出来事だ。そこでは、人も風も水も一体となってゆるやかに動いている。老子の言葉を読むということは、言葉がもたらす響きを身をもって感受し、老子の捉えていた世界に入りこみ、老子の目でこの世界を見渡すことである。異邦人となって、この世界を逍遥するということでもある。
 加島祥造と同じように、『老子』を創造的に訳したのが新井 満の『自由訳 老子』(朝日文庫)である。新井は、この翻訳によって、30年前の夢をかなえたとのことである。こちらも、しなやかな日本語を活かした自由訳である。その一部を紹介しよう。

  やわらかいといえば/水ほど/やわらかく弱々しいものはないよね/
  しかも決して争おうとはしない/丸い器に入れば丸くなり/四角い器に入れば四角になる/
  形にとらわれず、自由自在だ/ところが形をもたないからかえって/どんな小さなすきまにも入ってゆき/
  どんな巨岩をも粉々にしてしまう/即ち、水とは/やわらかく弱々しいことに徹して/
  何よりも強い、とも言える/上善若水/水のように生きるのが/最高の生き方なのだよ/
  水は、万物に恵を与えているが/決して自慢しないし威張らない/それどころか、かえって/
  人々が嫌がる低い方へ低い方へと/流れてゆく/謙虚だねえ/さあ、水のように生きなさい/
  それが”道(Dao)の人”の/生き方なのだよ(34-38頁)

 両訳者の創造的翻訳を忠実な翻訳と比べて読んで考えてみたい人には、『老子』(蜂屋邦夫訳注、岩波文庫)がおすすめだ。専門的な註も豊富で、漢文や語句の意味などについても詳しく知りたい人には有益である。蜂屋には『図解雑学老子』(ナツメ社、2006年)という本もある。「図解雑学」シリーズは、図を入れて分かりやすくして、少しでも若い世代を引きつけようという意図のもとに出版されているが、蜂屋は専門家という固い鎧をうち捨てて、新しい感性を持つ編集者と共にこの本を書いている。「老子の思想に触れてほしい、ぜひ知ってほしい」という著者の願いが伝わってくる本だ。

 
人物紹介

老子(ろうし)

生没年不詳。中国古代の道家(どうか)思想の開祖とされる人物。またその著作とされる書物。
”老子”, 日本大百科全書(ニッポニカ), ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-09-27)

加島祥造(かじま-しょうぞう)[1923-]

昭和後期-平成時代のアメリカ文学者、詩人、タオイスト。
大正12年1月12日生まれ。昭和48年横浜国大教授、61年青山学院女子短大教授。詩誌『荒地』同人。平成にはいり長野県伊那谷(駒ヶ根市)に移り住み、老子(タオ)の思想の中でくらす。著作に『フォークナーの町にて』『英語の辞書の話』、訳書にフォークナー『サンクチュアリ』、詩集に『晩晴』。老子関系の著作に『タオ ヒア・ナウ』『タオ-老子』『エッセンシャルタオ 老子』。東京出身。早大卒。
”かじま-しょうぞう【加島祥造】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-09-27)

新井満(あらい-まん)[1946-]

昭和後期-平成時代の小説家。
昭和21年5月7日生まれ。電通にはいり、CFプロデューサーをつとめ、環境ビデオの制作にたずさわる。一方、エッセイや小説を発表し、昭和63年『尋ね人の時間』で芥川賞。シンガーソングライターとしても知られる。作者不詳とされていた詩『千の風になって』を翻訳、作曲し大ヒットとなる。新潟県出身。上智大卒。作品はほかに『ヴェクサシオン』『カフカの外套』など。
”あらい-まん【新井満】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://na.jkn21.com>, (参照 2010-09-27)

蜂屋邦夫(はちや-くにお)[1938-]

東京都荒川区生まれ。東京大学教養学部卒業、東京大学人文科学研究科博士課程修了。文学博士。東京大学東洋文化研究所教授を経て、現在、大東文化大学国際関係学部教授、東京大学名誉教授。専門は中国思想史、道教思想史。主な著書に『老荘を読む』(講談社現代新書)、『金代道教の研究-王重陽と馬丹陽-』(汲古書院)、『中国の不思議な物語-夢と幻想・寓意譚』(同文書院)、『中国思想とは何だろうか』(河出書房新社)、『孔子-中国の知的源流』(講談社現代新書)、『金元時代の道教-七真研究-』(汲古書院)、『中国的思想-儒教・仏教・老荘の世界-』(講談社学術文庫)、『荘子=超俗の境へ』(講談社選書メチエ)などがある。―奥付より

 

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