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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
 

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読書への招待(1) ― 小説や劇の面白さを味わってみよう(外国文学篇)
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 新聞には、事件や暴力、傷害、殺人といった出来事の記事が載らない日はない。しかし、たいていの記事には起きたことについての報告はあるが、その背景や理由を丁寧に掘り下げた考察は乏しい。記者は、次々と起こる事件を追いかけ、取材して記事にすることに忙しく、起きた事件に立ち戻って考え直す暇がない。読み手も、事件から垣間見られる悲劇の意味や、人間の運命、関係のもつれなどについてじっくりと思いを凝らすことは少ない。新聞は週刊誌と同様に消耗品であり、現在にとどまることがない。それぞれ深い意味をはらむ事件も、すぐに過去化して忘れ去られる。ひとつの事件の背後に潜む問題への通路は閉じられてしまうのだ。
 小説は、新聞の記事になるような出来事の細部を、洞察力と想像力を駆使した虚構的な世界の中に移し変えて描き出し、しばしば圧倒的な興奮や感動をもたらす。一人の犯罪者の心理と行動を顕微鏡的な精密さで描く小説があれば、戦争や紛争に巻きこまれ、戦い、傷つき、翻弄され、滅び去る人間たちを巨視的な視点から描く小説もある。男と女との間の性や情念のもつれを濃密に描写するものもあれば、少年の心の世界を追いかけた小説もある。未来の世界や人間の運命を射程におさめた空想小説もある。


読みふける快楽、知と情念の冒険

 今回は、とっておきの本を何冊か選んで、内容をごく簡単に紹介しよう。まずは大作からだ。大学生の特権のひとつは、その気になれば長編小説を読むだけの自由な時間が与えられているということだろう。読みふける快楽、読むことによる思索の広がりと深まりの時間は変身を約束する。時には小説の世界に没頭して、スリリングな知と情念の冒険を楽しんでほしい。

 ロシアの文豪の作品でおすすめは、トルストイ(1817-1875)の『戦争と平和』[全4冊](米川正夫訳、岩波文庫)だ。ナポレオンのロシア侵略という歴史的な事件を展開軸にして、それに関わる将軍や兵士、戦争に翻弄される人間を壮大なスケールで描いている。ロシアとフランスの両方の視点から人間の愚行や豹変ぶりを暴く長編小説だ。作家の加賀乙彦は17歳の頃に読んで感動し、その後20回以上読み返しているという。
 ドストエフスキー(1821~81)の最高傑作は『カラマーゾフの兄弟』[全5冊](亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫)である。「魂のリアリズム」とも評される独特の方法で、人間の内面の動きを抉り出している。カラマーゾフ家の主であるフョードルの殺害事件と、その犯人探しを中心に展開するミステリー仕立ての小説だが、兄弟たちの心理的葛藤のドラマが圧巻である。作家の中村文則はこの作品についてこう述べている。「大学在学中に初めて読んだ時は、完全に圧倒され、呆然としたまましばらく何も手につきませんでした。ドストエフスキーを知らなかったら、僕は作家になっていなかったかもしれないです。」(朝日新聞、2010年8月10日夕刊)

 フランス人のロマン・ロラン(1866~1944)は、若い頃に、どう生きるか悩みトルストイに手紙を書いて教えを請うている。芸術家には何よりも人類愛が必要だというのが答えの一部であったという。『ジャン・クリストフ』[全4冊](豊島与志雄訳、岩波文庫)は、1903年から約9年の歳月を経て完成された長編小説である。この小説は、ドイツで生まれてフランスで成長する音楽家の主人公が自己の完成を目指して苦闘する魂の発展史であると同時に、両国に対する辛らつな批判も含まれた社会派小説でもある。著者が敬愛したベートーヴェンのシンフォニーのように重厚で、迫力に満ちた作品である。とりわけ若い魂に訴えかけてくる。

  プラハに生まれ、ドイツやフランスで過ごしたリルケ(1875~1926)の『マルテの手記』(大山定一訳、新潮文庫)は、きわめて密度の濃い散文の傑作である。パリで孤独な生活をしている無名の詩人マルテの独白という体裁をとっている。ものを見ること、人間の死と愛が中心のテーマである。見るという経験の神秘はこう語られている。「僕はまずここで見ることから学んでゆくつもりだ。なんのせいか知らぬが、すべてのものが僕の心の底に深く沈んでゆく。ふだんそこが行詰りになるところで決して止らぬのだ。僕には僕の知らない奥底がある。すべてのものが、いまその知らない奥底へ流れ落ちてゆく。そこでどんなことが起こるかは、僕にちっともわからない。」(10-11頁)しばしば、見ることは自明のこととして過ぎていく。しかし、見るという、そのつどただ一度の現在の出来事のなかに、受動と能動の意識が交錯し、過去の記憶と未来への期待の意識が浸透し合う不可思議な次元をかいま見る時、見ることは学ぶことに変わってくるのだ。こうして、マルテの見る経験とそれを見つめる経験が始まる。

  イタロ・カルヴィーノ(1923~1985)は、第二次大戦末期にパルチザンとして戦った経験をもとにした長編『蜘蛛の巣の小道』(1947)でデビューした。この作品はネオ・レアリズモの代表作に数えられる。その後、カルヴィーノは、幻想的、寓意的な小説を書き始め、一作ごとに異なる境地を開拓し続けた。『冬の夜ひとりの旅人が』(脇 功訳、松籟社、1981年)も、それまでの作品とは調子が変わっている。「あなたはイタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めようとしている。」(1頁)意欲的な挑戦作の冒頭の一文である。

  スペインでは、セルバンテス(1547~1616)の『ドン・キホーテ』[全6冊](牛島信明訳、岩波文庫)が面白い。正式には『才知あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』という。騎士道小説を読みすぎたあまり自分が騎士になったつもりになり、近くに住む百姓のサンチョ・パンサを連れて、世の中の不正を正す旅にでる田舎者ドン・キホーテの滑稽であわれな物語だ。風車を悪の巨人と間違えて戦いを挑むお話しを知らない人はいないだろう。喜劇的なものと悲劇的なものの絶妙のバランスが見事な作品だ。

  イギリスでは、シェークスピア(1564~1616)の劇作品が圧巻だ。喜劇(『真夏の夜の夢』『ベニスの商人』)、悲劇(『ロメオとジュリエット』『ハムレット』『オセロ』『リア王』『マクベス』)、どれも甲乙つけがたい傑作ぞろいだ。『マクベス』(安西徹雄訳、光文社古典新訳文庫)は、演出家でもあった安西による、せりふのリズムを第一に考えた訳調が新鮮で、活力に満ちている。

  アメリカでは、メルヴィル(1819~91)の長編小説『白鯨』[全2冊](千石英世訳、講談社文芸文庫)がおすすめの1冊である。エイハブ船長と屈強な乗組員が、モービー・ディックという名の巨大な白鯨を追い求めて世界の海を駆け巡るという筋立てだ。写実と叙情が絡み合い、演劇的な描写が交じり、壮大な空間を創り出している。

  ラテンアメリカ文学の最高傑作は、G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(鼓 直訳、新潮社、1999年)。ある一族が架空の町マコンドで繰り広げる空想的な事件を語りつつ、新大陸の長い歴史を浮かび上がらせ、スペイン語圏では空前のベストセラーとなった。

  現代の作品では、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(土屋政雄訳、早川書房、2006年)が深く心に沁みる感動を与える。読み終えて、しばらく動けなくなるほどだ。青年に読ませたい図書に与えられるアレックス賞を受賞、2005年のベストブックにも選ばれている。特異な運命を背負わされた「人間」の物語だが、作家の想像力の豊かな広がりと緻密な記述が生み出す世界に圧倒される。遺伝子工学の未来や人間の運命についても考えさせられる一書だ。著者は、英米圏で今後の活躍が最も期待される作家の一人である。
  原作にもとづくイギリス映画が、関西では梅田などで3月下旬から公開予定である。著者自身が見事な出来栄えと賞賛している映画だ。原作と比較してみるのも面白いだろう。

 
人物紹介

トルストイ 【Aleksey Konstantinovich Tolstoy】 [1817-1875]
ロシアの詩人・小説家・劇作家。ロシア象徴派の祖と目され、叙情詩のほかに、多彩なジャンルで活躍した。歴史小説「白銀公爵」、史劇「皇帝フョードル=イワノビチ」「皇帝ボリス」など。
”トルストイ【Aleksey Konstantinovich Tolstoy】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

ドストエフスキー【Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy】 [1821-1881]
ロシアの小説家。処女作「貧しき人々」で作家として出発。混迷する社会の諸相を背景として、内面的、心理的矛盾と相克の世界を描き、人間存在の根本的問題を追求。20世紀の文学に多大の影響を与えた。作「罪と罰」「白痴」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」など。
”ドストエフスキー【Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

ロマン・ロラン【Romain Rolland】 [1866-1944]
フランスの小説家、思想家。トルストイの思想的影響の下に出発、人類への愛、理想主義の信念に基づき、創作や平和運動に活躍した。ベートーベンの研究もある。代表作は「ジャン=クリストフ」「魅せられたる魂」。一九一五年ノーベル文学賞受賞。
”ロラン”, 日本国語大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

リルケ【Rainer Maria Rilke】 [1875-1926]
ドイツの詩人。プラハ生まれ。欧州諸国を遍歴し、生の本質、人間実存の究極を追求し続けた。詩集「時祷(じとう)詩集」「ドゥイノの悲歌」「オルフォイスに捧げるソネット」、小説「マルテの手記」など。
”リルケ【Rainer Maria Rilke】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

イタロ・カルヴィーノ【Italo Calvino】 [1923-1985]
イタリアの小説家。キューバ生まれ。北イタリアのサン・レモで育つ。第二次世界大戦末期にパルチザンとして戦った経験を基にした処女作の長編『蜘蛛の巣の小道』(1947)はネオレアリズモの代表的作品に数えられる。
”カルビーノ”, 日本大百科全書(ニッポニカ), ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

セルバンテス【Miguel de Cervantes Saavedra】 [1547-1616]
スペインの小説家。奴隷生活・入獄など波瀾に富んだ生涯を送り、想像力と才知にあふれる作品を残した。小説「ドン=キホーテ」「模範小説集」、戯曲「幕間狂言」など。
”セルバンテス【Miguel de Cervantes Saavedra】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

シェークスピア【William Shakespeare】 [1564-1616]
英国の劇作家・詩人。俳優ののち、座付き作者として37編の戯曲、154編のソネットを書き、言葉の豊かさ、性格描写の巧みさなどで英国ルネサンス文学の最高峰と称された。四大悲劇「ハムレット」「オセロ」「リア王」「マクベス」のほか、「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」「ベニスの商人」など。
”シェークスピア【William Shakespeare】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

メルヴィル【Herman Melville】 [1819-1891]
米国の小説家。捕鯨船に乗り組んで南海の島々を放浪した体験をもとに小説を発表。しだいに思弁的、象徴的な作風へと向かった。小説「白鯨」「ビリー=バッド」など。
”メルビル【Herman Melville】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

G・ガルシア=マルケス【Gabriel García Márquez】 [1928-]
コロンビアの小説家。1967年に発表した年代記風の長編「百年の孤独」で注目された。他に「族長の秋」「予告された殺人の記録」など。1982年、ノーベル文学賞受賞。
”ガルシア‐マルケス【Gabriel García Máquez】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

カズオ・イシグロ【Kazuo Ishiguro】 [1954-]
イギリスの作家。日本人石黒一雄として長崎に生まれ、5歳で両親とイギリスに移る。短編でデビューののち『女たちの遠い夏』A Pale View of Hills(1982)で名声を確立。日本人の夫と別れイギリス人ジャーナリストの妻となって渡英した日本人女性が、原爆の傷跡をとどめる長崎での奇異な思い出を語るもので、寡黙な能の世界を思わせる描写がイギリス人を魅了した。同じ転換期に生きた日本人画家の運命を描いた『浮世の画家』An Artist of the Floating World(86)でウィットブレッド賞、1989年にはイギリス人の老執事の回想、『日の名残り』The Remains of the Dayでブッカー賞を受賞した。83年、イギリスに帰化。
”イシグロ カズオ”, 世界文学大事典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-03-23)

 

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