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読書への招待(2) ― 短編小説の魅力に触れてみよう(外国文学編)
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 長編小説は、膨大な枚数を費やして時代の動きや時代に翻弄される人間、特定の状況のなかで生きる個人や集団の姿などを工夫を凝らして描く。短編小説には、現実の断片を巧みに切り取って、人間や社会の実相を鮮やかに照らし出すものもあれば、想像力を駆使して、読者を予想外の世界に導くものもある。辛辣な人間批判やユーモアにあふれたものも少なくない。短編集のなかからごく一部を紹介しよう。

 一番のおすすめは、『チェーホフ短編集』(沼野充義訳、集英社、2010年)だ。生誕150年の昨年、新訳が出版された。チェーホフ(1860~1904)は44年という短い生涯に数百の短編を残したが、この本には、「女たち」「子供たち(とわんちゃん1匹)」「死について」「愛について」という分類のもとで、「かわいい」「おおきなかぶ」「役人の死」「奥さんは子犬を連れて」といった珠玉の短編13が収められている。チェーホフ好きの人間にして初めて書ける巧みな解説もついている。いずれの短編でも、巷で生きる人々がユーモアと哀歓のこもった眼差しで描かれている。ドストエフスキーの作品とは正反対のこじんまりとした世界だが、奥行きは深い。



 次におすすめは、『フランク・オコナー短編集』(阿部公彦訳、岩波文庫)だ。村上春樹は、2006年の第2回フランク・オコナー国際短編賞を受賞している。オコナー(1903~66)は短編の名手であり、「アイルランドのチェーホフ」と評されている。代表作が「国賓」である。アイルランド独立をめぐる内戦が舞台だ。アイルランド軍の捕虜になった二人のイギリス人兵士の運命を、若い兵士の視点で描いたものである。敵と味方という壁を越えて築かれた良好な人間関係が、戦況の変化によって、ある日突然に殺し、殺されるという関係に転化する。二人のイギリス人兵士の処刑死を見届けて、主人公はこう呟く。「僕はなぜかとても幼く、どうしていいのかわからないひとりぼっちの、雪の中で迷子になった子供のような気分だった。そのあとの人生は、僕にとってはまったくの別のものになってしまったのだった。」(62頁)ひとつの出来事によって生の方向と内実が一変するという状況を描いていて、印象に残る作品だ。

 アンブローズ・ビアス(1842~1914)は『悪魔の辞典』で有名だが、短編小説の名手でもあった。芥川龍之介は、随筆集『点心』(1912)のなかで「短編小説を組み立てさせれば、彼程鋭い技巧家は少ない」(2月2日)とビアスを称賛している。『ビアス短編集』(大津栄一郎編訳、岩波文庫)には、芥川が「藪の中」の着想を得たとされる「月明かりの道」を初め、代表的な短編が収められている。南北戦争の体験をもとにした「行方不明者ひとり」、盗みと父母の殺人を絡ませた奇妙な味わいの「不完全燃焼」など、読みごたえのある短編集だ。

 『20世紀イギリス短編選』(上)(小野寺健編訳、岩波文庫)では、サマセット・モーム、ヴァージニア・ウルフ、ジェイムズ・ジョイス、D・H・ロレンスなどの選びぬかれた短編の魅力を味わえる。いずれも現実の出来事に迫る切り口が新鮮で、刺激的である。D・H・ロレンスの「指ぬき」では、孤独に閉ざされた人間が他人と結びつくことの難しさが、自意識の強い妻と前線でひどい損傷を受けて帰った夫との会話を通して描かれている。スリリングな会話に、ロレンスのペシミスティックな人間観が読み取れる作品だ。
 下巻は、ジーン・リースの「あいつらのジャズ」、ドリス・レッシングの「愛の習慣」など11の傑作短編からなっている。

 『フランス短編傑作選』(山田 稔編訳、岩波文庫)には、18のすぐれた短編が含まれている。それらの特徴は、山田が適切に述べているように、「観察の鋭さ、苦味のあるユーモア、凝縮された表現、比喩のたくみさ、会話の洗練、意表をつく筋の展開、結末のひねり」(351頁)にある。『失われた時を求めて』という20世紀小説の最高傑作を書いたプルーストの「ある少女の告白」も選ばれている。

 『ウィーン世紀末文学選』(池内 紀編訳、岩波文庫)も捨てがたい。世紀末のウィーンでは、ひと癖もふた癖もある作家や画家が活躍した。池内は、自分の好みにしたがって、この時期の作家の作品のなかから16篇を選んでいる。ホフマンスタールの怪奇的な小説「パッソンピエール公綺譚」や、カフカ、リルケといった作家を動植物に見立てて風刺したブライの「文学動物大百科(抄)」など、イギリスやフランス小説とは異なる風趣の作品が並んでいる。

 アルゼンチンの作家、J.L.ボルヘス(1899~1986)の初の短編集『伝奇集』(鼓 直訳、岩波文庫)にも「円環の廃墟」「バベルの図書館」「南部」など、一度読めば忘れられなくなる短編が含まれている。東西の伝説や神話とボルヘスの想像力が絡みあって、隠喩に富んだ世界が現出している。ボルヘスは、7歳の時に、セルバンテスの影響を受けて中世趣味の強い『運命の兜』を書いた。その後、詩や小説、エッセーの分野で巨大な足跡を残した。

 おしまいに、現代の作品をあげてみよう。バリー・ユアグローの『一人の男が飛行機から飛び降りる』(柴田元幸訳、新潮文庫)が抜群に面白い。ショート・ショートの傑作ぞろい。夢か現か、シュールな味わいが格別だ。著者は南アフリカに生まれ、10歳でアメリカ合衆国に移住、70年代から作家として活躍している。「牛乳」のほんの一部を紹介しよう。

 賭けをした男が牛の体内にもぐり込む。もぐり込んでみて、結局そこに居すわることにする。牛の内部は暖かく柔らかだ。とても暗いけれど、皮膚を通って入ってくるわずかな光で何とかやって行ける。食べ物は問題ない―牛乳ならいくらでもあるのだ。「絞りたてよりなお新鮮」と男は一人でジョークを言ってくすくす笑い、靴下を脱ぐ。(中略)
  表では太陽がこそこそと立ち去り、月が牧場の上に昇る。牛はゆっくり、もぐもぐと反芻しながらあたりをさまよう。その足どりはまだ慎重である。やがて牛は、仲間の群れからずっと離れたところで、大儀そうに草の上に身を沈める。牛の大きな、繊細そうな眼には、不安の念があふれている。己れの新たな運命と責任を、牛は推しはかろうとしている。(13-14頁)

 
人物紹介

チェーホフ 【Anton Pavlovich Chekhov】 [1860~1904]
ロシアの小説家・劇作家。さりげない出来事のうちに、日常性のなかで俗物化していく人間への批判と人生の意味への問いかけをこめ、風刺とユーモアに富む文体で描いた。小説「退屈な話」「曠野(こうや)」「六号室」、戯曲「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」など。
”チェーホフ【Anton Pavlovich Chekhov】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

沼野充義【ぬまの-みつよし】[1954-]
昭和後期-平成時代のロシア・東欧文学者。
昭和29年6月8日生まれ。昭和56-60年ハーバード大に留学。平成14年「亡命文学論」でサントリー学芸賞。16年東大教授。同年「ユートピア文学論」で読売文学賞。妻はロシア文学者の沼野恭子。東京出身。東大卒。著作はほかに「屋根の上のバイリンガル」、訳書にA.グリーン「輝く世界」など。
”ぬまの-みつよし【沼野充義】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

オコナー・フランク【Frank O'Connor】 [1903-1966]
アイルランドの短編作家。本名マイケル・フランシス・オドノヴァンMichael Francis O'Donovan。兵士の息子としてコークに生まれる。『国民の客』Guests of the Nation(1931)や『わがエディプス・コンプレックス』My Oedipus Complex(63)などの短編集によってアイルランドのチェーホフとまでいわれた。独立戦争に加わり投獄された経験から初期の多くの題材がとられている。長編小説や劇作のほかに、近代小説論『路傍の鏡』The Mirror in the Roadway(57)、短編小説論『孤独な声』The Lonely Voice(63)などがあるが、特にゲール語からの訳詩の業績が高く評価される。2冊の自叙伝を残している。
”オコナー フランク”, 世界文学大事典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

ビアス 【Ambrose Bierce】[1842~1914ころ]
米国のジャーナリスト・小説家。辛辣(しんらつ)な風刺で知られる。動乱中のメキシコで行方不明となった。短編集「いのちの半ばに」、警句集「悪魔の辞典」など。
”ビアス【Ambrose Bierce】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

ボルヘス 【Jorge Luis Borges】 [1899~1986]
アルゼンチンの詩人・小説家。該博な知識に基づいた幻想的作風で知られる。詩集「ブエノスアイレスの熱狂」、短編集「伝奇集」「エル=アレフ(不死の人)」など。
”ボルヘス【Jorge Luis Borges】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

山田稔(やまだ-みのる) [1930-]
昭和後期-平成時代の小説家、フランス文学者。
昭和5年10月17日生まれ。同人誌「VIKING」に参加。短編小説の名手として注目され、昭和57年「コーマルタン界隈」で芸術選奨。同年京大教授、平成6年退官。11年グルニエ「フラゴナールの婚約者」などの翻訳で日仏翻訳文学賞。随筆に「スカトロジア」など。福岡県出身。京大卒。
”やまだ-みのる【山田稔(2)】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

池内紀(いけうち-おさむ) [1940-]
昭和後期-平成時代のドイツ文学者。
昭和15年11月25日生まれ。平成3年から8年まで東大教授。ドイツ、オーストリアの世紀末文化の研究や翻訳のほか、大衆芸能や温泉などにおよぶ幅ひろい文筆活動をおこなっている。著作に「諷刺の文学」(昭和54年亀井勝一郎賞)、「ウィーンの世紀末」、「海山のあいだ」(平成6年講談社エッセイ賞)、「ゲーテさんこんばんは」(14年桑原武夫学芸賞)など。兵庫県出身。東京外大卒。
”いけうち-おさむ【池内紀】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-04-21)

 

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