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新年 ― 暦と特別な一日の感情
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

  一日一日がそれぞれ新しい一日であり、一日は一生でもある。とは言え、不断そのことを意識して生きる人は少ないだろう。忙しさに追われて、日々が過ぎていく。一日の意味は見失われている。だが、どんなに多忙な人にも、ふと立ち止まって「一日」と向き合う時間が訪れる。大晦日から元日への移行の時だ。

  元日はよきかな雨も雨音も
 (宇多喜代子『記憶』角川文芸出版、2011年、97頁)

  1から12まで積み重ねられた数字が元に戻って1月が始まる。数字には同じ繰り返しが何度でも可能だが、新しい1月は過ぎた1月とは異なる意味や内実と方向を秘めて始まる。過ぎた一年をどのように生きたかで、新年の迎え方も違ってくる。新しい年に何を期待するかで、新年の心構えも変わってくる。
 深刻な複合災害に襲われた後遺症が誰の心にも重く尾を引く今年は、昨年にも増して、現在や未来への見方の大幅な変更が迫られる年になるだろう。


「一日」と向き合う時間が訪れる

「放射能の時代」に入ったとみる作家もいる。目に見えない危機が大地と空、海に浸透し、動物も植物も生物も影響を蒙る。これまでと同じようには生きられない日々が始まる。
  大晦日から元日へと年が改まる節目に、被災地へのボランティアの経験を思い返す人もいれば、除夜の鐘に誘われて、昨年の出来事の意味を顧みる時間を持つ人もいるだろう。年を跨ぐアルバイトが一息ついて、新年を確認する人もいるだろう。今年こそはと抱負を胸にする人もいるかもしれない。いずれにせよ、去って行く年とやって来る年を分けるこの節目と、それに続く日々は、特別の感情や想起、悔恨や期待によって彩られる。

  今日の日本では、一年の節目は1898年に公布されたグレゴリオ暦による。明治新政府によって、1872年の11月19日に太陰太陽暦から太陽暦への転換の通知がなされ、12月3日を1873年の1月1日と改める法令が発布された。西洋諸国に合わせるためという理由であったが、金欠状態の新政府が官僚の12月分の給料をカットするための方策だったという説もある。この時期の唐突な改暦は多方面からの反発を招き、混乱が生じた。その折に、福沢諭吉(1835~1901)は新政府の決定を支持して、改暦の理由と必要性を説く「改暦弁」と題する小冊子を世に送った。風邪で臥床中の身ながら、数時間で書かれたものである。「此度の改暦にても、(中略)平生より人の読むべき書物を読み、物事の道理を弁じてよく其本を尋れば、少しも不思儀[議]なる事にあらず。/故に日本国中の人民、此改暦を怪む人は、必ず無学文盲の馬鹿者なり。これを怪しまざる者は、必ず平生学問の心掛ある知者なり。されば此度の一条は、日本国中の知者と馬鹿者とを区別する吟味の問題といふも可なり。」(『福沢諭吉選集』第2巻所収、岩波書店、1981年、205-206頁)反対者を馬鹿者扱いしてまでねじ伏せたいという強固な意志を持った福澤に、しぶしぶ従った人もきっと多かったに違いない。
  政治制度と同様に外国から輸入された暦法は、元嘉暦、宣明暦、天保暦といった1200年近い旧暦の歴史を持つ。新暦の歴史は短い。グレゴリア暦の採用からは110年余りにすぎない。

  『万葉集①~④』(校注・訳 小島憲之 木下正俊 東野治之、小学館、1996年)のなかで、新年を言祝ぐ歌として知られているのが大伴家持(718頃~785)の歌である。万葉集を編纂した大伴家持が20巻の最後に置いた自作の歌である。

      新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(④の460頁)

  校注者の訳を記す。「新しい 年の初めの 正月の 今日降る雪のように もっと積れ良い事」。(同頁)豊年の瑞兆である正月の雪に重ねて、新しい年の希望が明るく歌われている。

 『古今和歌集』(佐伯梅友校注、岩波文庫、1981年)の第20巻の最初の歌にも未来の肯定的な展望が歌われている。

      新しき年の始めに かくしこそ 千歳をかねてたのしきをつめ(251頁)

 他方で、年の節目の孤独な感情を歌うものもある。第6巻の338番目の歌である。

      わがまたぬ年はきぬれど 冬草のかれにし人はおとづれもせず(93頁)

 離別の悲しみと沈んだ心の風景が読みこまれている。待ってはいなかった年がやってきたけれども、私から離れていった人から音沙汰がなかったという意味の歌である。

 『新古今和歌集』(改版、佐佐木信綱校訂、岩波文庫、1959年)からも一首あげておこう。
大納言隆季の歌である。

      あたらしき年やわが身をとめくらむ隙行く駒に道を任せて(121頁)

 あっという間に過ぎ去る時間の移りゆくままに、新しい年が自分を捜してやってくるだろうという、「到来する時間」を歌にしたものだ。背後に、来る年を逃れたいという感情が込められているとも解せる歌だ。一方で、年賀状に「迎春」と書く人もいる。新年の、人と時間との出会いには、それぞれ異なる表情がある。

 『枕草子』(池田亀鑑校訂、岩波文庫、1962年)のなかにも、新年のいつもとは違う日常を描いた文章がある。昔も今も、特別な一日として元日を受けとめる人の心や振る舞いには、異なるリズムが加わるのだ。初詣の祈りや、新春を祝う挨拶の言葉が一日にアクセントをつける。

      正月一日は、まいて空のけしきもうらうらと、めずらしうかすみこめたるに、世にありとある人は、
      みなすがたかたち心ことにつくろひ、君をも我をもいはひなどしたる、さまことにをかし。(20頁)

 大岡信は、日本の古典に関する味わい深い語り手である。『日本の詩歌:その骨組みと素肌』(岩波現代文庫、2005年)、『古典を読む 万葉集』(岩波現代文庫、2007年)にはその特徴が存分に現れている。作家のリービ英雄は、『万葉集』の魅力にとりつかれ、20代後半から30代をその翻訳に打ち込んだ。英訳『万葉集』は、1982年に全米図書賞を受賞している。同氏の『英語でよむ万葉集』(岩波新書、2004年)もおすすめの一冊だ。「万葉集は、日本の中でよく言われていたように、『古典』であるとか『伝統』であるというよりも、もしかしたら世界にも例をみない、詩歌の集大成なのではないか―ぼくにはそう思われたのである。」(ⅱ頁)万葉集が世界文学として讃えられている。
 図書館の詩歌の棚には様々な本が読まれるのを待っている。手にとってお気に入りの本を探し出して読めば、四季の花々や生き物に対する古人の繊細な感受性や、古人の恋の苦しみと喜びの感情、人間観、世界観などに触れることができる。新しい一年や未来に対する肯定的なイメージが描きにくくなった現代においても、古人のように人や花鳥風月と心を交わす時間を生きることは、人の世界に豊かなうるおいをもたらすはずだ。

人物紹介

福沢諭吉(ふくざわ-ゆきち) [1835-1901]

啓蒙思想家・教育家。大坂の生まれ。豊前(ぶぜん)中津藩士。大坂で蘭学を緒方洪庵に学び、江戸に蘭学塾(のちの慶応義塾)を開設、のち、独学で英学を勉強。三度幕府遣外使節に随行して欧米を視察。維新後、新政府の招きに応ぜず、教育と啓蒙活動に専念。明六社を設立、「時事新報」を創刊。著「西洋事情」「学問のすゝめ」「文明論之概略」「福翁自伝」など。
”ふくざわ‐ゆきち【福沢諭吉】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

大岡信(おおおか-まこと) [1931-]

昭和後期-平成時代の詩人、評論家。
昭和6年2月16日生まれ。大岡博の長男。大岡玲の父。はじめ読売新聞に勤務し、昭和29年谷川俊太郎らの詩誌「櫂(かい)」に参加。45年ごろから連句(連詩)をはじめる。47年「紀貫之(きの-つらゆき)」で読売文学賞、54年から「朝日新聞」に連載をはじめた「折々のうた」で55年菊池寛賞。明大教授、東京芸大教授。平成7年芸術院恩賜賞。9年文化功労者。15年文化勲章。日本ペンクラブ会長もつとめた。静岡県出身。東大卒。
”おおおか-まこと【大岡信】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

リービ英雄(リビ-ひでお) [1950-]

アメリカの日本文学者、小説家。
1950年11月29日生まれ。16歳のときから日本にすむ。京大、東大の客員研究員をへて母校プリンストン大やスタンフォード大で日本文学をおしえる。平成6年法大教授。その間の昭和57年「万葉集」の英訳で全米図書賞を、平成4年日本語でかいた小説「星条旗の聞こえない部屋」で野間文芸新人賞。18年「千々にくだけて」で大仏次郎賞、21年「仮の水」で伊藤整文学賞。カリフォルニア州出身。本名はリービ・ヒデオ・イアン。
”りーび-ひでお【リービ英雄】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

関連語

枕草子(まくらのそうし)

平安中期の随筆。清少納言作。長保2年(1000)ころの成立とされる。作者が一条天皇の中宮定子(ていし)に仕えていたころの宮仕えの体験などを、日記・類聚(るいじゅう)・随想などの形で記し、人生や自然、外界の事物の断面を鋭敏な感覚で描く。源氏物語と並ぶ平安女流文学の双璧(そうへき)とされる。
”まくらのそうし【枕草子】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

万葉集(まんようしゅう)

奈良時代の歌集。20巻。大伴家持が現存の形に近いものにまとめたとされる。成立年未詳。短歌・長歌・旋頭歌(せどうか)・仏足石歌・連歌の五体で、歌数4500余首。仁徳天皇の皇后磐姫(いわのひめ)の作といわれる歌から、天平宝字3年(759)大伴家持の歌まで約400年にわたる全国各地、各階層の人の歌が収められる。東歌(あずまうた)・防人(さきもり)歌などを含み、豊かな人間性を素朴・率直に表現した歌が多い。現存する最古の歌集で、万葉仮名を多く用いている。
”まんようしゅう【万葉集】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

古今和歌集(こきんわかしゅう)

最初の勅撰和歌集。八代集の第一。20巻。延喜5年(905)の醍醐天皇の命により、紀貫之(きのつらゆき)・紀友則(きのとものり)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)・壬生忠岑(みぶのただみね)が撰し、同13年ころ成立。六歌仙・撰者らの歌約1100首を収め、仮名序・真名序が添えられている。歌風は、雄健でおおらかな万葉集に比べ、優美・繊細で理知的。古今集。
”こきんわかしゅう【古今和歌集】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)

鎌倉初期の勅撰和歌集。八代集の第八。20巻。後鳥羽院の院宣により、源通具(みなもとのみちとも)・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・藤原雅経が撰し、元久2年(1205)成立。仮名序・真名序があり、歌数約2000首。代表歌人は西行・慈円・藤原良経・藤原俊成・藤原定家・式子内親王・寂蓮など。歌風は新古今調といわれ、万葉調・古今調と並び称される。新古今集。
”しんこきんわかしゅう【新古今和歌集】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2011-12-22)

 

 

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