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モリエールの世界 ― フランスの喜劇を読もう
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 大阪独特のお笑い文化を好む人は、大阪天満宮の北隣にある天満天神繁昌亭やなんばグランド花月などに足を運び、巧みに仕組まれた笑いに興ずる。日常の世界では、大抵の人が恥をかくのを恐れ、人に笑われまいと用心して生きているから、喜劇的な場面に遭遇することは少ない。喜劇や落語は人の言動を面白おかしくデフォルメしたり、言葉遊びを混ぜたり、通常起こりえない意想外な出来事を介入させることによって、哄笑、爆笑やくすくす笑いをもたらす。
 現代から時間を400年ほど戻したヨーロッパは、宗教戦争による争いや残酷な殺戮、処刑で血塗られていた。パリに生まれたモリエール(1622~73)も、若い頃には、信じる宗教の違いで殺しあう人々の残忍な振舞いの歴史を見つめていたであろう。過酷な現実に反するかのように、青春のモリエールが熱をあげたのが演劇である。二十歳過ぎの若者は、女優のマドレーヌ・ベジャールらと「盛名劇団」を興す。しかし、経済的に立ち行かず、パリを追放されて地方巡業の日々が始まる。モリエールは、その後の13年間を主に南仏での興行に費やし、座長、役者としてだけでなく、劇作家としても自分を鍛え続けた。人間を見る目も養われた。


フランスの喜劇を読もう

 モリエールの一座は、南仏での修行と人気が実を結び、1658年に王弟庇護劇団の肩書きを得てパリに戻った。ルイ14世の支援を受け、王室所有のプチ・ブルボン座の使用を許可され、翌年の「滑稽な才女たち」で大当たりを得た。嫉妬や反感などが理由でこの座が取り壊された後は、パレ・ロワイヤル座の使用を許された。
 モリエールの作品には、1~3幕の笑劇風の喜劇や、5幕物の性格喜劇、筋立ての面白さを見せる葛藤喜劇、宮廷娯楽用の田園喜劇などがあるが、『守銭奴』(鈴木力衛訳、岩波文庫、改版、2008年)は、「タルチュフ」(1664年)、「ドン・ジュアン」(1665年)、「人間ぎらい」(1666年)と並ぶ四大性格喜劇のひとつであり、1668年にパレ・ロワイヤル座で初演された。性格喜劇とは、誰にも多かれ少なかれ認められる性格上の欠点や弱点、もろさを一人の人物に凝縮し、その滑稽な言動を舞台化したものである。観客は笑いへと誘われながらも、他方で、他人事ならぬせりふや振る舞いに妙にしんみりとする。舞台への視線が自分の方へも跳ね返ってくるのだ。
 『守銭奴』は、ラテン作家プラウトゥスの喜劇『鍋』や、フランス、イタリアの諸作品を下敷きにした5幕ものの喜劇である。金銭欲は、若干の例外もあるだろうが、年を重ねるにつれ、心に根深く住み着くようになる。色欲と無縁な人も少ないだろう。モリエールは、この2種類の欲に憑かれた男の露骨なまでに金に執着する発言や振る舞い、年を考えない色恋ざたを面白おかしく舞台化して笑いを取ろうとしている。観客は、そこに自分の姿をかいま見ながら、屈折した笑いへと誘われるのだ。
 『守銭奴』は、がめつい、還暦を過ぎた男アルパゴンの欲のつっぱりぶりを巧妙に描くと同時に、自分の息子が惚れている娘マリアーヌに、それと知らず恋して結婚を算段するアルパゴンの振る舞いや、親子の争いを愉快に描いている。肝の部分のごく一部を取り出してみよう。舞台の第一幕第一景は、アルパゴンの娘のエリーズと、アンセルムの息子ヴァレールとの恋の会話で始まる。よく知られたせりふが出てくる。「殿方って、お言葉はみんな似たり寄ったりで、実際になさることを見なければ、その違いがわかるもんじゃありませんわ。」(9頁)ヴァレールが、アルパゴンに気に入られるための方策について、こう語る。「人間の心をつかむのにいちばんいい方法は、その人の目の前で、ピッタリ息が合うように取りつくろい、その人の主義主張に相槌を打ち、欠点をほめちぎり、することなすこと、なんでも拍手してやるんです。」(12頁)人に取り入る最良の方法は、お世辞、おべんちゃらをたくみに交ぜて相手をほめぬくことだという確信を口にしたあと、ヴァレールは、こうも述べる。「お追従を言うやつが悪いんでなくて、お追従を言われたがるほうに罪があるんですよ。」(13頁)
 第二景では、アルパゴンの息子のクレアントが、マリアーヌへの恋心をエリーズに告げ、けちな父親がどう反応するか知りたいと話す。第三景でアルパゴンの登場だ。クレアントの従僕ラ・フレーシュとのお金をめぐるやりとりを通じて、お金を生きがいにするアルパゴンのお金の亡者ぶりが示される。彼は、金庫は泥棒に狙われやすいと、大金を庭に埋めて隠す。第五景で、アルパゴンは、ぞっこん惚れこんだマリアーヌとの結婚の意志を自分の息子に告げる。すったもんだの始まりだ。
 アルパゴンとマリアーヌの間を取りもつフロジーヌ婆さんの役回りが面白い。「世の中ってものは、要領よく立ちまわるのがいちばんだからね。わたしたちみたいな人間が神さまから授かった年金といえば、からくりと駆引きのほかに、なにひとつないんだもの。」(61頁)フロジーヌは、たんまりお礼にありつこうと、アルパゴンを大嘘で誉めそやす。「だんなさまこそ男のなかの男、打ち見たところいかにも堂々として、女に惚れようと思ったら、体つきも着こなしも、こうでなくっちゃだめですわ。」(73頁)クレアントに惹かれているマリアーヌには、こう話しかける。「あんたがたが婿選びをするとなったら、たんまり財産をくれる年寄りのご亭主のほうがずっといいことよ。(中略)ね、よくお聞きなさい、あの方が亡くなれば、じきにもっとかわいらしいだんなさまがもらえますよ、それでなにもかも償いがつくじゃありませんか。」(98-99頁)
 第三幕第九景、フロジーヌの世話で、アルパゴンとマリアーヌが顔をあわせ、第十一景でクレアントも加わり、三人の間でかみ合わないやりとりが続く。第四幕第一景で、アルパゴンを除く3人にエリーズが加わり、相愛の二人を結婚に導くための戦略が練られる。
 第四幕第六景で舞台が急展開する。アルパゴンが用心深く庭に埋めて隠した大金をラ・フレーシュが掘り出して姿を隠すのだ。第七景は、狼狽し、気も狂わんばかりにほえまくるアルパゴンの一人舞台だ。「あああ! わしの大事なお金! わしの大事なお金! いとしいやつめ! わしはおまえから引き離されてしまったよ。」(136頁)警部を呼んで、人違いの泥棒探しが始まる。
 最終の第六景で、盗まれた大金のありかを知るクレアントは、父親に、自分とマリアーヌの結婚を認めればお金が戻ることを告げる。お金がいのちのアルパゴンが結婚を承認し、お金を取り返しにいくところで、この喜劇が幕を閉じる。

 シェークスピアと並び称されるモリエールの青年時代を描いた「モリエール 恋こそ喜劇」(2007年)は、フランスで180万人の観客を動員したという。モスクワ映画祭では、観客賞、男優賞を受賞している。日本でも、2010年の3月から全国で上映された。これまでにモリエール全集が何種類か出ているが、主要な作品は、今日、岩波文庫で読むことができる。喜劇の楽しさ、面白さを味わってほしい。

 
人物紹介

モリエール 【Molière】 [1622-73]

フランスの劇作家。本名はジャン=バティスト=ポクラン。オルレアンの大学で弁護士の資格をとったが、演劇界にはいり、喜劇作者として成功。さまざまに複雑な性格を描いて、人間社会の虚偽をえぐり出した。コルネイユ、ラシーヌとともにフランス古典劇を代表。代表作「タルチュフ」「ドン=ジュアン」「人間嫌い」「守銭奴」など。
”モリエール”, 日本国語大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2012-07-24)

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