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心とからだのむすびつきを考える ― 脳科学の挑戦
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 21世紀は脳研究の時代になるという予見どおりに、今日の脳科学の最前線では、世界各地の脳科学者たちが日夜競争的な研究に没頭し、画期的な成果を生みだしている。MRI(磁気共鳴画像)やfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置の開発や、PET(ポジトロン断層法)、NIRS(近赤外線スペクトロスコピー)といった、脳の機能や神経活動を画像化する技術の進展に伴い、脳の認知研究もめざましい勢いで進んでいる。こうした研究を通じて、「人間とはなにか」「心と体はどう関係しているのか」といった古くからの問題にあたらしい光が差しこんでいる。この分野の本はつぎからつぎへと出版されているが、その多くは専門家向けで、素人にはなかなか近づけない。しかし、なかにはだれもが読めるようにわかりやすく書かれた本もある。今回は、まずそうした本の一冊を紹介しよう。
 マーク・ソームズ、オリヴァー・ターンブル著、平尾和之訳『脳と心的世界 主観的経験のニューロサイエンスへの招待』(星和書店、2007年)は、脳科学の最前線で起きていることを初心者にもわかるように明快に叙述している。著者のひとりマーク・ソームズはナミビア(南西アフリカ)生まれの神経心理学者、


心とからだのむすびつきを考える

精神分析家であり、南アフリカ・ケープタウン大学で教えるかたわら、ロンドンの国際神経-精神分析センター長や、ニューヨーク精神分析協会神経-精神分析センター長を務めている。オリヴァー・ターンブルはケンブリッジ大学出身の神経心理学者、臨床心理学者で、現在はウエールズ大学認知神経科学センターで上級講師を務めている。第1回の国際神経-精神分析学会は2000年に開催されている。
 著名な神経学者であり、作家でもあるオリヴァー・サックスが序言を寄せている。彼は、ソームズらの試みに対して、「創造的な精神/脳においては何が起こっているのか。美的、倫理的、喜劇的、宗教的という、キルケゴールのカテゴリーの基盤とは何か。精神分析および神経心理学は、別々にであれ結合してであれ、このような人間の根本的な状態への理解を提供するのであろうか」(X頁)と疑問を呈したあと、彼らが身体と精神の神秘的な関係にかかわる問題に、あたらしいやり方で、素晴らしいアプローチをしていると賞讃している。(X頁参照)
 著者は「はじめに」でこう述べる。少し長くなるが引用しよう。「精神の『内的世界』(精神として存在し[・・・]、人生を生きる[・・・]こと)はこれまで伝統的に精神分析やその関連諸学問の領分であり、そのため自然科学の辺縁におかれていました。このような状況であったのは、主として神経科学者たちが(意識や情動、そして夢のような)主観的な心の状態を本格的な脳研究にふさわしい主題と考えていなかったからです。しかしながら、近年、行動主義の終焉、脳機能イメージング技術の到来、そして分子神経生物学の登場に引き続いて、このような主題は突如として脚光を浴び、世界中の多くの先進的なニューロサイエンス研究室のセンターステージを引き受けることになりました。こうして私たちの心的生活を取り仕切る自然法則についての新しい洞察が爆発的に生まれてくるようになったことは驚くにはあたりません。」(XI頁)脳の働きは脳の外側から客観的に精密に調べることができるが、心の状態は主観的には知られても、客観化できず、それゆえ科学の研究対象にはなりにくいという固定観念が打ち破られる時代が到来したということである。
 第1章「基本的概念への導入」は、脳の組織の説明から始まる。細胞体、樹状突起、軸索からなるニューロンによる神経システムの構築が語られる。ふたつの脳細胞がむすびつく場所にあるシナプス間隙を越えて移行する神経伝達物質によって、細胞間の情報伝達が可能になることがニューロンの第一の特色としてあげられている。第二の特色は、「脳の組織化の基本計画は遺伝子によっていわばあらかじめ定められているが、一方で全体計画は生活における環境からの影響によって劇的に変更修正される」(16頁)と太字で強調されている。脳の組織化の無数の潜在的なパターンは、外的な環境要因によって現実化されるということだ。さらに、脳が外部環境とつながるだけでなく、身体の内部環境(呼吸、消化、血圧、体温調整など)と問題むすびついている点や、内臓の働きと主観的に経験される「内的世界」との影響関係も指摘されている。問題は、精神分析の対象である「心的なもの」と、神経科学の対象である「物的なもの」の相互作用をどのように把握するかだ。著者らの考えによれば、神経科学は、その根拠の客観的な身分によって、精神分析的な概念の再評価に貢献することが可能であり、精神分析は、理論的な伝統によって、主観的経験に関する神経科学の研究を導く包括的な概念的枠組みを神経科学に提供できる。(58頁参照)彼らは、感情や思考、記憶や想像といった、不可視の内的な世界に、それらとむすびつく可視的な物的世界の研究によって接近する可能性に賭けている。
 第2章「精神と脳―それらはどのような関係にあるのか?」は、心身問題を扱っている。「個々の脳細胞は特別に『精神的な』ものではありませんが、それらが結びついてひとまとまりになると、いかにしてか精神になるような何か別のものに、それぞれ何らかの貢献をするのです。」(65頁)この問題に関連して、「易しい問題」と「難しい問題」が話題になる。前者は、意識的な気づきの相関物である特異的な神経プロセスを見いだすことにかかわる。(66頁参照)後者は、われわれの意識の諸作用がどのようにして物質から現れてくるのかという難問である。以下では、この問題に関するさまざまな見解とその不十分さが指摘される。
 第3章「意識と無意識」以降にも興味深いトピックスが満載である。各章では情動と動機づけ、記憶と幻想、夢と幻覚、遺伝と環境―その精神発達におよぼす影響、言葉ともの―大脳半球の左右差、自己と「おしゃべり療法」の神経生物学といった問題が扱われ、最終章で神経-精神分析学の将来が展望されている。こうした問題に興味ある人は、ぜひ本書をひもといてほしい。脳科学のフロンティアで起きていることの一端がわかり、われわれ自身の意識や存在を考えるうえでの示唆が得られることは間違いない。

  デイビッド・リンデン著、夏目大訳『つぎはぎだらけの脳と心 脳の進化は、いかに愛、記憶、夢、神をもたらしたのか?』(合同出版、2009年)も刺激的な一書である。著者は、ジョンズ・ホプキンズ大学医学部の神経科学教授で、脳の可塑性の研究分野の第一人者である。「脳の設計は欠陥だらけ?」「非効率な旧式の部品で作られた脳」「脳を創る」「感覚と感情」「記憶と学習」「愛とセックス」「睡眠と夢」「脳と宗教」「脳に知的な設計者はいない」という各章のタイトルを見て、この本に触手を伸ばす人は幸いだ。脳科学の知見によって自己や人間に関するあたらしい展望が開かれてくるからだ。

  ジャン=ピエール・シャンジュー(1936~)、ポール・リクール(1913~2005)著、合田正人、三浦直希訳『脳と心』(みすず書房、2008年)は、『ニューロン人間』の著者でもある神経生物学者と解釈学や政治学の分野で業績を残した哲学者との対話の記録である。ふたりは、「序奏」のなかで、この対話には、「一方には哲学者による手厳しい議論のもたらす傷があり、他方には科学者によって呈示された驚天動地の諸事実による傷がある」(8頁)と述べている。また「フーガ」のなかでは、自分たちのやりとりを「『人間の声』が奏でる対話」(367頁)と表現し、控え目にこう述べている。「たとえこの対話が、生物諸科学と、人間と社会の諸科学との真摯な意見交換という文脈で、より多くの考察を呼び起こすことに貢献するだけであったとしても、この対話はその役割を果たしたことになるであろう。」(同頁)ふたりによる容赦ない議論の応酬である。興味ある人には一読をすすめたい。

 
人物紹介

マーク・ソームズ(Mark Solms)

神経心理学者、精神分析家。夢の脳メカニズムについての研究成果はThe Neuropsychology of Dreams(1997年)にまとめられている。さらに精神分析と神経科学を統合するような臨床・研究手法を発展させ、2000年にClinical Studies in Neuro-psychoanalysisを発表。欧米の精神分析学会で脚光を浴び、その後、2002年に出版された「脳と心的世界」は国際的なベストセラーとなる。現在は、南アフリカ・ケープタウン大学心理学科教授、ロンドンの国際神経‐精神分析センター長、ニューヨーク精神分析協会神経‐精神分析センター長を勤め、Neuro‐Psychoanalysisの顔として世界各国で活動している。―本紙著者紹介より

オリヴァー・ターンブル(Oliver Turnbull)

ケンブリッジ大学出身の神経心理学者、臨床心理学者。病態失認や作話などの誤信念(とくにそのような認知形成における情動の役割)をテーマとしている。現在はハンガー大学認知神経科学センターで教授を務め、また国際神経‐精神分析学会事務局長やNeuro‐Psychoanalysis誌の編集長として活躍している。―本紙著者紹介より

デイビッド・J・リンデン(David J. Linden)

ジョンズ・ホプキンス大学医学部・神経科学科教授。脳内の情報記憶に関わる細胞基質などの研究に取り組む。脳の可塑性の研究分野では国際的リーダーの一人。「Journal of Neurophysiology(神経生理学ジャーナル)」の編集長も務める。米・メリーランド州ボルティモア在住。―本紙著者紹介より

ジャン=ピエール・シャンジュー(Jean-Poerre Changeux)

1936年フランスに生まれる。コレ-ジュ・ド・フランス教授。パストゥール研究所名誉教授。神経生物学者。著書「ニューロン人間」「分子と記憶」「考える物質」など。―本紙著者紹介より

ポール・リクール 【Paul Ricoeur】 [1913~2005]

フランスの哲学者。ヤスパースの実存哲学とフッサールの現象学から出発、解釈学・現象学・宗教哲学などの分野で業績をあげた。著書「意志の哲学」「生きた隠喩」「時間と物語」など。
”リクール【Paul Ricoeur】”, デジタル大辞泉, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2012-08-29)

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