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ディープな都市を探索する―中沢新一の挑戦―
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 中沢新一の新作『大阪アースダイバー』(講談社、2012年)が昨年の秋に出版された。雑誌『週刊現代』に2010年から2012年まで連載されたものだ。『アースダイバー』(講談社、2005年)の姉妹編である。この本の「エピローグ」で、中沢は学生時代から何度も読み返している本としてルイ・アラゴンの『パリの農夫』をあげてこう述べている。「主人公はパリという大都市そのもの、そのパリを田舎から出てきた農夫のように、詩人は目をいっぱいに見開いて新鮮な驚きで見つめるのである。すると合理的な意識にみたされて、健康な日々の運行にいそしんでいるとみんなが思い込んでいるその都市が、無意識のしめす奇妙な運動に通底器によってつながれて、魔術的な魅惑にみちた一大異空間に変貌を遂げていく」(241頁)。「この『パリの農夫』を読んで以来、東京そのものを主人公として、意識と無意識がループ状につながった詩的な作品をつくりあげることは、ぼくの夢となった」(同頁)。その夢を実現した『アースダイバー』は、東京の過去(古層)から現在にいたる時空間を視野におさめて描いた壮大な交響詩である。

ディープな都市を探索する

 大阪をターゲットにした中沢は、今度は都市の隅々まで歩き回り、観察力と想像力を巧みに融合させて「プロト大阪」「ナニワの生成」「ミナミ浮上」「アースダイバー問題集」の四部からなる「大阪大ロマン」を仕上げた。中沢の視線は、平地の無数の建物群から垂直に下降していき、大阪の深層に触れて戻ってくる。繰り返される視線の往還によって、大阪という都市の生成の歴史が透かし彫りにされてくる。どんなものにも、動物や植物にもそれぞれ固有な歴史があるように、都市にも歴史がある。「ローマは一日にしてならず」だ。深層の歴史をさぐり、大阪の現在を読み解く中沢のロマンが語られる。
 「第一部 プロト大阪」は、大阪と東京の土台の比較で幕が開く。東京の中心部が固い洪積層の上に作られているのに対して、大阪の中心部には堅固な土台が少ないという指摘から始まる。「生駒山の裾野から広がる大阪平野は、このあたりが開け出した二千年ほど前には、まだ大きな湖(河内湖)の底にあった。上町台地の東西両脇に広がる西成と東成も、その頃はまだ水の底にあった。天満も船場も、その頃はまだ「くらげなす」軟弱な土砂層の上にあって、海水に洗われていたし、ミナミなどは影も形もなかった」(22頁)。上町大地の西と東に、水中から大阪が生成したというのである。「西成」「東成」という地名からは、海から陸へと変成する大阪の姿が想像される。
 司馬遼太郎も、「大阪の原形―日本におけるもっとも市民的な都市」(『十六の話』中公文庫、1997年)のなかでこう述べている。「五世紀の当時、いまの大阪市が所在する場所のほとんどは浅い海で、一部はひくい丘陵(現在の上町台地)だった。この丘陵には水流がなく、水田もなかった。従って、農民はほとんど住んでおらず、むしろ漁民の住む浜だった。この上町台地という変形的な小半島のまわりは、古代の港だったのである」(219-220頁)。司馬は、大阪の原形を江戸時代までの歴史をたどりながら、簡潔、明瞭に記している。
 大阪湾には淀川と大和川から流れ込む大量の土砂が堆積し、長い時間を経て、湾は扇状台地へと姿を変え、その台地の上に、大阪が生成した。中沢は大阪生成の原理をふたつ設定している。ニーチェにならって名づけたもので、ひとつは「南北に走るアポロン軸」(28頁)であり、もうひとつは「東西に走るディオニュソス軸」(29頁)である。前者は「上町台地を中心にして南北に走る太い軸線」(同頁)、「現実の世界の秩序をつくっていく実軸」(41頁)であり、後者は「上町台地から見て東の方向にあたる、生駒山の方向を望む東西の軸線」(同頁)、「想像力を巻き込んで現実の世界とは垂直に交わっている虚軸」(同頁)である。中沢は、原大阪がこれらふたつの軸を自分の骨格に組みこむことによって大阪に成ったのだという冒険的なヴィジョンを提示している(同頁参照)。
 このヴィジョンは、「太陽と墳墓」「四天王寺物語」のなかでも話の展開の核になっている。後者のおしまいで、中沢はこう語る。「深夜の四天王寺の境内を歩くとき、そくそくとしてわきあがってくる、不思議な感動がある。(中略)その寺は、大地と生命と死に向かって、自分を解き放ちながら、夜の大阪に優しい波動を送り続けているのだ。アポロン軸とディオニュソス軸の交わる聖地、四天王寺の境内で、私たちはいまでも、このような大阪スピリットの古層が、この世に露頭しているその現場に、立ち会うことができる」(68頁)。
 「第二部 ナニワの生成」は、ナニワの成り立ちを追いかけつつ、同時に商業活動の断面を掘り起こしている。「砂州に育つ資本主義」では、ナニワ近辺で定住せずに活躍し、土地とは「無縁」に行動する商人や商品の誕生について語られる。「超縁社会」では、土地に結びついて力を発揮する「有縁」原理の圧力に抗して、「超縁社会」を形成する商人の「ミトコンドリア世界」が活写される。以下、「お金と信用」「信用とプロテスタント」「船場人間学」などに関する面白い話が続く。「甦れ、ナニワ資本主義」は、現代批判の文章で締めくくられる。「現代の金融界に跋扈しているディーラーやバンカーたちなどは、船場の商人から見たら、短期利益ばかりを追求して、本物の大局(グローバル)の全体的繁栄を考えない、偽者の商人たちばかりであるように見えることだろう。行き詰まった今日の資本主義を再生させることのできる叡智は、この八十島のナニワの、商人世界の歴史の中にひそんでいる」(117頁)。
 「第三部 ミナミ浮上」は、この本でもっとも密度が濃い。大阪の現在を過去の歴史から読み解く中沢の筆が冴えている。かつて広大な墳墓地であった千日前界隈には、今日、なんばグランド花月という笑いの聖地があるが、中沢は言う。「人類の社会では大昔から、笑いの芸能というものは、生と死が混在する機会や場所を選んで演じられるもの、という暗黙の決まりがあった」(124頁)。吉本芸人のどたばた喜劇が、ネクロポリスの放つ地下のエネルギーからパワーを得ているのだとすれば、過去は現在に生きていることになる。「千日前法善寺の神」は、萬歳の起源をたどりながら、漫才へと姿を変えていく歴史を追跡している。締めくくりで、中沢の失望と期待が語られる。「いまから八十年前に、千日前の寄席にはじめて出現した、現代の神秘は、もはやいまの漫才のなかには、宿っていないのかもしれない。(中略)私は狂おしく、つぎの時代の漫才、つぎの世界の神秘の器である、おそらくは別の形をしているにちがいない、来るべき「漫才」を求めている」(150頁)。「すばらしい新世界」は、ディープな都市大阪の深部を慎重に描いたものである。「死とエロティシズム」という原理と新世界がむすびつけられていて興味深い。ふところの深い都市である大阪への共感は次のように語られる。「俊徳丸から産業プロレタリアまで、大阪はつねに、有産・有縁の社会の外に押し出された人々が、ぎりぎりの生活条件とはいえ、ともかくも生存していくことのできる大きな受容器を、都市のなかにセットし続けたのである。」愛隣的空間の存在は、じつにミナミの栄誉である、とアースダイバーは思う」(178頁)。
 大阪という都市の地理や歴史、経済、産業、大阪の文学に興味のある人は、ぜひとも本書を読んで、ほんまもんの都市の魅力にふれてほしい。

 
人物紹介

中沢新一 (なかざわ-しんいち) [1950-]

昭和後期-平成時代の宗教人類学者。
昭和25年5月28日生まれ。昭和54年ネパールでチベット密教を修行。この体験とポスト構造主義の思想を結合させ、多彩な執筆活動を展開。58年東京外大助手となる。平成5年中央大教授。同年「森のバロック」で読売文学賞。16年「対称性人類学―カイエ・ソバージュV」で小林秀雄賞。18年「アースダイバー」で桑原武夫学芸賞。同年多摩美大教授、同大芸術人類学研究所所長。山梨県出身。東大卒。著作に「チベットのモーツァルト」「雪片曲線論」など。
”なかざわ-しんいち【中沢新一】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2012-12-21)

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