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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
 

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学ぶことと知の豊饒―山口昌男、レヴィ=ストロース、クリフォー
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 『学問の春 <知と遊び>の10講義』(凡社、2009年)は、1997年に札幌大学で行われた講義がもとになっている。タイトルがいい。ヨハン・ホイジンガ(オランダ語の発音表記とは異なる)の『中世の秋』が意識されているのだろうが、「学問の夏」や「学問の冬」ではぴんとこない。知の喜びの沸騰が予感されるような、明るい響きのするタイトルだ。年間13回の比較文化学講義が10回に編集され、編者による懇切丁寧な「講義ノート」がついている。山口の博識が随所にちりばめられ、笑いとユーモアと知的な刺激にみちた名講義である。『ホモ・ルーデンス』の読解が軸となり、関連する話題が四方八方へとのびていき、学ぶことの楽しさ、面白さに引きずりこまれていく。
 第一講「「ホモ・ルーデンス」に出会う旅」は、インドネシアでのフィールド・ワークの話が大半をしめるが、中心的テーマは古代における交唱歌についてである。編者は「講義ノート」で、若き山口の論文「未開社会における歌謡」のなかの一文を紹介している。「近代詩は共同体的感情の紐帯から切り離されるか、基盤としてその様なものを失った個人の魂の叫びとも言い得るならば、未開社会の歌謡=詩は、共同体を媒介として過去と現在の交錯のうちに広がる感情の母胎である」(31頁)。編者は、ここにその後の山口の長い探究の萌芽を見出している。



学ぶことと知の豊饒

 第二講「まなび あそび」は、大学論から始まる。「大学という場所について考えてみると、これからの大学は要するに知的にやる気のある学生と先生とが出会う場所になるべきであって、制度的にただそこにいて試験で点をとって就職するというような形骸化された通過儀礼の場としては、もはや存在しなくてもいい」(34頁)。各大学の枠を超えて知のネットワークをつくるという構想は、それを体現していたヨーロッパ中世の詩人、フランソワ・ヴィヨンの話へと続く。かつては、各地を放浪する学者につき従って学ぶ放浪学生がいたという話だ。
 ライデン学派の紹介、インドネシアのブル島の儀礼的交唱歌「インガ・フカ」の特徴分析、『万葉集』や『常陸国風土記』に出てくる歌垣との類縁性、ナンセンスと子供の遊びなどに関する自在な語りが続いて、第二講が終わる。
 第七講「文化は危機に直面する技術」は、もっとも熱のこもった講義である。危機はこう定義される。「一貫性や体系性を備えているようなふりをしている組織や制度が、潜在的にすでに抱えている危機が表面化することなんです」(176頁)。山口によれば、制度的な危機だけでなく、青年期にある多くの大学生が抱えこむ危機もある(同頁参照)。「文化はそういう危機に直面することを助ける、まあ制度とはいわない、もっと広い創造的な仕掛けであるということができる」(同頁)。危機に対抗する文化の創造は、現代において緊急の課題となっている。
 第十講「クラ―神話的航海」の講義ノートで、編者はこう締めくくっている。「山口昌男の学問にとって「失われた世界の復権」とは、春の草花の芽生えのようにその思考の「いま」にいつもかならず回帰する、永遠に瑞々しい終わりなき問いかけなのである」(277頁)。

 レヴィ=ストロース、大橋保夫訳『神話と意味』(みすず書房、1996年)は、カナダのCBCラジオで放送された五回の講和を編集したものだが、放送のもとになっているのは、CBCパリ支局のプロデューサーとの対談である。シカゴ大学のウェンディ・ドニジャーは、「序」のおしまいでこう述べている。「レヴィ=ストロースの名をはじめて聞いたばかりの人が、片足で立って、結局レヴィ=ストロースとはどんな人なのか説明してくれと頼んできたら、私は『神話と意味』を取って朗読しはじめるであろう」(xiv)。
 「まえおき」で興味深いことが語られている。「私というものは、何かが起きる場所のように私自身には思えますが、『私が』どうするとか『私を』こうするとかいうことはありません。私たちの各自が、ものごとの起こる交叉点のようなものです。交叉点とはまったく受身の性質のもので、何かがそこに起こるだけです」(2頁)。主体の姿勢を強調したサルトルへのあてつけのようにも見える。「哲学から逃げ出したかった」(14頁)レヴィ=ストロースの本音がかいま見られる。
 講和は、「神話と科学の出会い」「”未開”思考と”文明”心性」「兎唇と双生児―ある神話の裂け目」「神話が歴史になるとき」「神話と音楽」から成っている。神話的思考の特徴や、神話研究の意義や方法が平明に語られている。それぞれの冒頭には、レヴィ=ストロースの著作や意図に関する「質問」が置かれ、それに答える形で話が進んでいるので、彼の本に親しんできた者にも、そうでない者にも得るものは多い。
 第二講では、『今日のトーテミスム』と『野生の思考』の意図がこう説明されている。「私たちがふつう考えるところでは、非常に厳しい物質条件のもとにあって、飢えずにかろうじて生きつづけるための必要時にまったく支配されているような民族が、実は完全に実用性を脱した思考をなしうる、ということです」(22頁)。レヴィ=ストロースによれば、野生の思考の特徴は、可能な限り最短の手段で宇宙の一般的理解と全的な理解をめざす点にある(23頁参照)。この講のおしまいは、きわめて示唆に富む発言で締めくくられている。「人間の心のなかに起きることが基本的生命現象と根本的に異なるものではないと考えるようになれば、そしてまた、人間と他のすべての生物―動物だけでなく植物も含めて―とのあいだに、のりこえられないような断絶はないのだと感ずるようになれば、そのときにはおそらく、私たちの予期以上の、高い叡智に到達することができるでしょう」(32-33頁)。
 第五講では、神話と音楽の類似性が興味深く語られている。「神話は、多かれ少なかれ、オーケストラの総譜と同じような読み方をしなければなりません。(中略)つまり、左から右へ読むだけでなくて、同時に垂直に、上から下にも読まねばならないのです」(63頁)。神話の意味の理解のために必要な読み方が、楽譜の読みと関連づけて、絶妙な仕方で示されている。作曲家か、オーケストラの指揮者になることを夢みていた少年の経験が反響している。
 『神話と意味』は、自叙伝的な性格の強い『悲しき熱帯』上・下(川田順造訳、中央公論社、1977年)、理論的な著作である『野生の思考』(大橋保夫訳、みすず書房、1976年)『構造人類学』(荒川幾男他訳、みすず書房、1972年)などへの格好の道案内である。レヴィ=ストロースが90代後半に書いた『みる きく よむ』(竹内信夫訳、みすず書房、2005年)もおすすめの一冊である。

 クリフォード・ギアーツ、森泉弘次訳『文化の読み方/書き方』(岩波書店、2012年)の大半は、1983年に行われたスタンフォード大学での講義がもとになっている。原題は、「著作と生涯―著作家としての文化人類学者」である。本書は、「人類学者はどのように書くか」(viii)という、通常は人類学上の議論では取りあげられない「文学的」な問題に焦点をあてて(同頁参照)、民族誌学的な記述の意義や妥当性を反省論的な観点から検討したものである。レヴィ=ストロース、エヴァンス=プリッチャード、マリノフスキー、ベネディクトという4人の書いた民族誌学的著作がターゲットである。ギアーツは、彼らが特定の民族とその文化とどのようにかかわり、何を学び、どのように記述しているのかを丹念に検討し、民族の調査・研究における歴史的背景、距離設定、観察、記述などに伴う諸問題を批判的に考察している。しかし、彼らへの批判は自分が書いたものへの自己批判にもつながり、それがギアーツの文章に深い翳りを与えている。
 文化の読み方や考え方、書き方に関心のある人にはおすすめの1冊である。決してすらすらとは読めないが、読んで考えるに値する本である。

 
人物紹介

山口昌男 (やまぐち-まさお) [1931-2013]

昭和後期-平成時代の文化人類学者。
昭和6年8月20日生まれ。東大国史学科卒業後、麻布中学・高校教員をへて、都立大(現・首都大学東京)大学院社会人類学科修了。昭和38年よりアフリカで調査をかさね、48年東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所教授となり、平成元年所長。6年静岡県立大教授。8年「『敗者』の精神史」で大仏次郎賞。11年札幌大学長。構造主義人類学、記号論などを駆使し、思想、文学、演劇など幅ひろい分野を研究対象とした。23年文化功労者。平成25年3月10日死去。81歳。北海道出身。著作に「人類学的思考」「文化と両義性」「「敗者」の精神史」「天皇制の文化人類学」など。
”やまぐち-まさお【山口昌男】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2013-08-21)

レヴィ=ストロース 【Claude Lévi-Strauss】 [1908-2009]

フランスの文化人類学者。親族構造、分類の論理を研究、神話の構造分析を行い、構造主義人類学を確立した。著「悲しき熱帯」「構造人類学」「野生の思考」など。
”レビ‐ストロース【Claude L〓vi-Strauss】”, デジタル大辞泉、 ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2013-08-21)

クリフォード・ギアーツ (Clifford Geertz) [1926-2006]

アメリカを代表する人類学者。ジャワ宗教の人類学的研究によってハーバード大学の博士号を取得し、シカゴ大学人類学教授、プリンストン高等研究所社会科学部門教授を歴任し、同名誉教授となる。社会学的一般論を退け、対象とする文化における人々が経験している具体的行為を綿密に記述し、テキストとして構成していくことによって、人々が営む文化の意味を描き出すことが彼の姿勢である。この具体の次元から象徴の次元までに至る文化の解釈は解釈人類学とよばれ、人類学における大きな潮流を形成した。また、解釈人類学は言語論的転回とよばれる人文社会諸科学における思想転換を推進する大きな力となり、その意味でギアツの研究は人間科学としての人類学の実践であるといえる。<一部抜粋>
”ギアツ”, 日本大百科全書(ニッポニカ), ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2013-08-21)

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