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悠久の歴史―中国の漢字と詩に親しもう―
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 学校では漢字の読み書きを長期にわたって学ぶが、漢字という象形文字の成り立ちはごく一部しか教わらない。漢字の歴史はおよそ3300年に及ぶという。エジプトの「ヒエログリフ」(神聖文字)は滅び、「シュメール文字」(楔形文字)や、クレタ島などで発掘された「線刻文字」は用いられなくなったが、今日の日本でも、漢字のない生活は考えられない。しかし、漢字の起源に興味をもって学び、その由来の一端でも理解している人はそう多くはいないだろう。漢字の成り立ちを知ると、漢字の見方が変わり、漢字のもつ奥深さが見えてくる。
 中国の漢詩には、四季折々の風景との交歓や、自然の美しさ、身体の老い、家族愛、人間の生涯、生物、道具などを詠ったものから、文化や歴史を詠じたものまである。いずれにも、中国人に固有の感性や思考が刻みこまれている。五言絶句、七言絶句、七言律詩といった漢詩のスタイルは、感情や思考の一瞬の変化をあざやかに凝縮して美しい。漢詩に現れる、ときに顕微鏡的で、ときに望遠鏡的なまなざしは、人間や自然、歴史の断面を凝視している。ぜひ、漢詩の世界の魅力にふれてほしい。


もっとも画数の多い漢字は?


 白川静監修、山本史也著『神さまがくれた漢字たち』(イースト・プレス、2011年)は、漢字を学ぶ喜びを教えてくれる一冊である。白川静は「序文」の終わりをこう締めくくっている。「どうか、この本で、そのゆたかな『漢字』の世界を作りあげてきた中国の人々の想像の跡と、それを、みごとに受け入れてきた日本の人々の苦心の跡を、たずね確かめ、そうして、確かめ得たことを、周囲の人たち、また次代の人たちにも伝えていってくださいますように」(5頁)。山本は、第一章「初めの物語」でこう述べる。「文字は、人々がその時代の社会や生活の切実な求めに応じて、年月を費し、心を尽くし、工夫を凝らして、つくりあげたものです」(11頁)。「一字一字の漢字には、中国古代の人々の祈りや思い、また信仰や認識のあとが深々と刻印されているはずなのです」(15頁)。山本によれば、当時の人々は、揺籃期の漢字のうちに一定の規律や秩序を認め、それに慣れ親しんでいたが、古代人の感覚を失ったわれわれは、一字一字を単独の記号として扱い、あわただしく記憶することを強いられているかのようである(23頁参照)。それぞれの漢字のつながりが忘却されているのである。「古代の人々の漢字に寄せた思いの深さを丹念に手探りしてゆくこと」(24頁)を通して、漢字の原初の姿を開示するためにこの本は書かれている。この章では、山本はまた、亀の甲羅や動物の骨などに刻まれた「甲骨文字」「甲骨文」が、神と人々を媒介する王が神と対話するために創造されたものだと推測している(15~19頁参照)。
 第二章「からだの物語」では、人、目、耳、首、足、手といった漢字の成り立ちが興味深く書かれている。面白さ満載の章である。この章を読めば、それ以後の漢字に対する態度が変わってしまうだろう。
 この本は第六章「『物語』ののちに」まであるが、いずれの章も読むのが楽しい。同じ著者による『続・神さまがくれた漢字たち 古代の音』(イースト・プレス、2012年)も出版された。あわせて読んでほしい。

  井波律子『中国名詩集』(岩波書店、2010年)は、井波が唐詩以降に重点をおいて、前漢の高祖劉邦から現代の毛沢東までのすぐれた詩を百三十七首選んだものである。井波は、本書にこめた願いをこうしるしている。「総じて、本書に収めた詩篇に共通するのは、時を超えて読者の心にじかに訴えかけ、深い共感をよびおこす、つよい力があることだといえよう。長い伝統の積み重ねのなかから生まれた中国古典詩の精髄を味わうとともに、それぞれの詩篇に刻印された、さまざまな時代や状況のなかを生きぬいた詩人の姿を、実感をもって読みとっていただければうれしく思う」(V項)。
 中国の詩には、自然や生物との交わりを詠うものが多い。交わりの感情や知覚が、制限された漢詩のスタイルのなかで鮮やかな形象をなしている。二篇あげる。まず、中唐の詩人、劉禹錫の「秋詞」である。井波訳を加える。

     自古逢秋悲寂寥   古より秋に逢えば 寂寥を悲しむ
     我言秋日勝春朝   我れ言うに 秋日は春朝に勝る
     晴空一鶴排雲上   晴空 一鶴 雲を排して上がり
     便引詩情到碧霄   便ち詩情を引きて碧霄に到る(16頁)

     昔から秋にめぐりあうと、そのさびしい風情を悲しむもの。
     私が思うに、秋の季節は春の季節にまさっている。
     晴天の日、一羽の鶴が、雲をおし開いて上りゆき、
     たちまち詩情を引き誘いながら蒼穹に達する。(17頁)

次は、盛唐の詩人、李白の「静夜思」である。

     牀前看月光   牀前 月光を看る
     疑是地上霜   疑うらくは是れ 地上の霜かと
     挙頭望山月   頭を挙げて 山月を望み
     低頭思故郷   頭を低れて 故郷を思う(28頁)

     寝台の前に射しこむ月光を見て、
     地上におりた霜ではないかと思う。
     頭をあげて山の端の月をながめ、
     頭をさげて故郷を思う。(29頁)

  袁枚による「読書」(1749年)は、中国の詩には珍しい読書論である。「本は読むべきで、本に読まれてはならない」と説いたショーペンハウワーの考え方と似ている。

     我道古人文   我れ道う 古人の文
     宣読不宣倣   宜しく読むべく 宜しく倣うべからず
     読則将彼来   読めば則ち彼を将って来たらしめ
     倣乃以我往   倣えば乃ち我れを以て往く
     面異斯為人   面異なりて 斯ち人と為る
     心異斯為分   心異なりて 斯ち文と為る
     横空一赤幟   横空 一赤幟
     始足張吾軍   始めて吾が軍を張るに足る (298頁)

     私が思うに、古人の文章は、
     主体的に読むべきであり、鵜呑みにしてまねるべきではない。
     読むのであれば、向こうを自分のほうに来させることになるが、
     まねをすれば、自分が向こうに行くことになる。
     顔が異なってこそ、個別の人間となり、
     心が異なってこそ、個別の文章となる。
     大空に一本の赤い旗印をなびかせて、
     はじめてわが陣営を十分に張ることができるのだ。(299頁)

 石川忠久『新漢詩の風景』(大修館書店、2006年)は、「漢詩は世界最高の詩歌である」(iii頁)と信じる石川が、気楽に読める、肩のこらない読み物として書いたものだ。名著である。CDがついているので、漢詩の響きにも接することができる。一篇だけあげる。田園詩人として知られる陶淵明の「飲酒」(其五)である。

     結廬在人境   廬を結んで人境に在り
     而無車馬喧   而も車馬の喧しき無し
     問君何能爾   君に問う 何ぞ能く爾るやと
     心遠地自偏   心遠ければ 地自ずから偏なり
     采菊東籬下   菊を采る 東籬の下
     悠然見南山   悠然として南山を見る
     山気日夕佳   山気 日夕に佳く
     飛鳥相与還   飛鳥 相い与に還る
     此中有真意   此の中に真意有り
     欲弁己忘言   弁ぜんと欲すれば 己に言を忘る (163~164頁)

 人界にありながらも人界に縛られず、自然に遊ぶ詩人の心が雄大な風景のなかに写しとられている。石川の巧みな言い方を引く。「季節は晩秋、時刻は夕暮、籬の下の菊の花を摘み、やおら見上げる目に南の山、たなびく霞に吸われるように連れだち帰る鳥の姿、・・・・・・悠然たる奥深いものが、胸にシックリ落ち着く心地です。うまいものです。これがすなわち詩人陶淵明のセンスなのです。なにげないようですが、凡人にはちょっと気のつかない情景です」(167頁)。

 
人物紹介

白川静 (しらかわ-しずか) [1910-2006]

昭和-平成時代の中国文学者。
明治43年4月9日生まれ。昭和29-56年母校立命館大の教授。文字文化研究所所長。甲骨文、金文を解読し、漢字の起源や、日本の国語として漢字を摂取する過程を解明。その成果を「字統」「字訓」「字通」の漢字辞典三部作にまとめた。平成3年菊池寛賞、9年朝日賞、10年文化功労者。13年井上靖文化賞。16年文化勲章。平成18年10月30日死去。96歳。福井県出身。著作はほかに「甲骨金文学論叢(ろんそう)」「稿本詩経研究」など。
”しらかわ-しずか【白川静】”, 日本人名大辞典, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2013-11-27)

山本史也 (やまもと-ふみや) [1950-]

高知県土佐清水市生まれ。大阪の公立高校の国語教師であると同時に、故・白川静の最後の薫陶を受ける。著書に、『先生のための漢文Q&A』(右文書院)ほか。 ―本書より

井波律子 (いなみ-りつこ) [1944-]

富山県高岡市出身。小学2年で京都市へ転居。市立紫野高校3年のときに読んだ『中国詩人選集』(岩波書店)に感銘を受け、中国文学に興味をもつ。1962年、同高校を卒業後、京都大学文学部文学科に入学。68年に同大学大学院文学研究科中国文学専攻の修士課程を修了、72年に同博士課程を単位取得退学する。74年、京都大学文学部助手となる。76年から金沢大学教養部助教授として教鞭を執り、90年には同教授に昇任。95年から京都市にある国際日本文化研究センター教授を務めている。
1983年、大学院生のころに書いた小論文をもとに、初の著書『中国人の機智』(中央公論社)を上梓する。その後、古代から近代に至る中国史上の多種多様な人物を題材として、『裏切り者の中国史』(講談社、97年)や『中国の隠者』(文芸春秋、2001年)などを著す。1996年から『三国志演義』の全訳に取り組み、2002年から03年にかけて、『三国志演義』(筑摩書房、全7巻)として出版した。
2007年1月、中国五大白話長篇小説を題材とした『トリックスター群像 中国古典小説の世界』(筑摩書房)を刊行。同年5月、同書によって、人文社会系の優秀な著書に贈られる第10回桑原武夫学芸賞を受賞する。曹操や孫悟空など、物語世界をかき回す人物に焦点を当て、物語の構造を鋭く分析した点が高く評価された。このほかの著書に『奇人と異才の中国史』(岩波書店)、『三国志名言集』(岩波書店)などがある。また、「曹操論」、「謝論」、「陽夏の謝氏」など、論文も数多く著している。

[中田浩平] [学術・論壇] [2007年06月26日配信]
”井波律子”, JK Who's Who, ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.jkn21.com>, (参照 2013-11-27)

石川忠久 (いしかわ-ただひさ) [1932-]

東京都出身。東京大学文学部中国文学科卒業。同大学院修了。現在、二松学舎大学顧問。二松学舎大学・桜美林大学名誉教授。(財)斯文会理事長、全国漢文教育学会会長、全日本漢詩連盟会長。
―本書より一部抜粋

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