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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
 

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楽しい学問―魅力的な変身への招待―
推薦文 : 図書館長 和田 渡 (経済学部 教授)

 学問を強いられてするものと考えると、それはとたんに魅力のない、色あせたものになる。しかし、学問が積極的に愛し求めるもの、それなしには生きられないものになると、その表情は一変する。フィロソフィア(哲学)は、知恵を愛し求めるという意味だ。哲学にかぎらず、ほかの学問も愛して求めるという姿勢に支えられているはずだ。対象がなんであれ、愛するという営みには、楽しさや、わくわくするような感動がともなう。学問への愛にも、快楽が同伴するはずだ。学問にはまた、人間の精神や肉体を鍛え、学ぶ者を魅力的な存在へと変える強い力が秘められている。この力の洗礼を受けた者は幸せである。今回は、学ぶことの楽しさについて語る本を紹介しよう。

 阿部謹也 日高敏隆『新・学問のすすめ 人と人間の学びかた』(青土社、2014年)は、ドイツ中世史を専攻する阿部と、動物の行動を研究する日高が、自由闊達な語りのなかで、学ぶことの意味や面白さを伝える本である。第1章「『まなびや』の在るべき姿を求めて、第2章「『自分とはなにか』から始まる学問―歴史学(阿部謹也)」、第3章「『学び』の原点はどこにあるのか」、第4章「『数式にならない』からおもしろい―生物学(日高敏隆)」からなっている。解説をロシア文学者の亀山郁夫が書いている。

おそらく人間にできるのは、人生に対してうまく質問することだけだ。

 「まえがき」で日高はこう語る。「大学では学問をやっている。その中で、いままで『こういうものだ』と思っていたことが、じつはそうではないということがわかって、目が開かれる。それが大学なのではないか」(11頁)。大学は、表層的な知や聞きかじりの知が解体され、あらたな知が誕生する場所だということだ。日高はこうも言う。「大学というのは幸いにして、十八歳から二十二歳の集まりである。その年代というのは大体の人にとってみると、ちょうど男も女もおとなになって、男と女の関係というのができてくる時期でもある。先生もまた、若い先生から年寄りまでいるし、事務職員の人もいる。大学の中というのは、小学校のように先生が上から押さえつけることはないから、いろいろな人と普通に接することができる。学生どうしのつきあいもあるし、先生どうしがどういうふうにしているかとか、あるいは先生と職員がどうしているかとか、いろいろなことが分かる。要するに大学は、石器時代と非常によく似た状況になっているのである」(16頁)。教室や講義室で勉強しなくても、大事なことが学べるのが大学だという卓見である。
 第1章の対談で、阿部が核心的な発言をしている。「ぼくの先生が昔、『分かるというのはどういうことか』という話をしてくれて、それは非常に印象が強かったんですけど……。これは後で分かったことなんですが、ソクラテスが同じことを言っていましてね、『分かるということは、それによって自分が変わることだ』と。『自分がまったく変わらないのであれば、それはただ知ったというにすぎない。しかし、なにかを知っていて、それによって自分が変わるのは、分かったということだ』とその先生は言うんですね」(55頁)。「分かること」が「変わること」につながるというのは新鮮な見方だ。ソクラテスの「無知の知」にも結びつく話だ。自分の無知、愚かさが分かるということは、その状態を少しでも脱却しようとする方向に動くということだ。表層のレヴェルで分かるだけでは、自己変身の活動が生まれない。「分かること」を通じて自分を変えていく学生が増えれば、大学もその姿を変えるだろう。

  ドン小西『ドン小西のファッション哲学講義ノート』(にんげん出版、2014年)には、40年の長きに渡ってファッションの世界で活動してきたドン小西の考え方が豊富な具体例とともに生き生きと語られている。文句なしに楽しく読める本だ。プロローグ「美は乱調にあり!」に始まり、講義は、「唯一無二の自己の内面をファッションに顕わせ!」「イデア(理念)を源にファッションは生まれいずる」「ファッションはなぜ個性的なのか ボクのファッション感覚」「ファッションの社会史 異端が時代を創った」「ファッションは束縛された精神を解放する」と続き、エピローグ「神は細部に宿る!!」で終わる。
 ドン小西の主張は鮮明だ。「ファッションは、人々の生き方やかんがえ方に影響をおよぼし、人生に希望と勇気と感動、そして、潤いをあたえてくれる自己表現の芸術なんだ」(35頁)。ファッションのエッセンスは太字でまとめてある。「ファッションは世の中にあるさまざまな物事を観察し、洞察し、それをイメージ(想像)に変えて、自己の無限の内面を、布と糸を通して表現する創作活動」(43頁)。ポイントのひとつは、自分がなにものであるかを深く追求しないと創作できないということだ。ドン小西は、学生たちが粘土細工を作っても、「自己の内面を見つめ、単独者としての自分を磨いていない、つまり、真の自己を見つけていない」(60頁)ならば、ひとを惹きつけるものはできないと言う。「ファッションの究極は自分との闘いだ」(183頁)。第Ⅰ講のおしまいでこう語られる。「ボクの場合は、自分の感性(ファッションセンス)をいつも、色・形・光・音・香におき換えてイメージしているが、とりわけ、人の性格・姿に色が見える共感覚力を鍛える訓練の積み重ねが、ファッション能力を高めるのだと、この講の終わりに言っておこう」(66頁)。
 第Ⅳ講では、ファッションが異端の歴史であると見なすドン小西が、その変遷を簡潔にまとめている。クリノリン、コルセット、シャネルのウール・ジャージースーツ、ディオールのニュールック、ヒッピーファッションの絵図がついた説明で、わかりやすい。日本のファッション文化については、繰り返し「粋」が誇るべきものとして強調されている。
 「エピローグ」のなかの次の箇所に、著者の明快なメッセージがある。「1本の花を見てそれを美しいと思うとしよう。他の人はそうは思わないかもしれないが、キミはそれを美しいと思う。その花を美しいと思う心が、キミのなかにあるということだ。そのことに気づくこと、それが自分を知るということだ。そうやって、自分の心を見つめ、自分自身をつきつめていくこと、それが個性を磨くということなんだ。その結果、『たたずまい』、あるいは『オーラ』と呼ばれるような、存在感がでてくる。それが結果として、その人にしか似合わないファッションを生みだすわけだ」(217頁)。
 元気の出る刺激的な一冊である。読んで、学んで、ファッションセンスだけでなく、人間をも磨いてほしい。

  『小林秀雄 学生との対話』(国民文化研究会・新潮社編、新潮社、2014年)は、講義する小林と、それを聴いて学び、考えて、問う学生との間の真摯で、さわやかな対話の記録を中心にまとめた本である。小林は、1961年から78年にかけて、九州で5回の講義を行い、全国からは300名以上の大学生や青年が集まった。本書には、「文学の雑感」と「信ずることと知ること」の二講義と、五講義の後の学生との対話、さらに付録として、2年後に、熟考、修正を経て再度行われた東京での講演「信ずることと知ること」がおさめられている。
 帯に「批評の神様はかくも熱く、分かりやすく、親切で、面白かった」とあるが、小林はユーモアを交え、具体的な事例を入れて、学生とのやりとりを飽きないものにしている。小林は話しことばも重視し、相手との接し方や、ことばの伝え方、間のとり方などに注意をはらい、5代目古今亭志ん生のおはこ「火焔太鼓」は繰り返し聴いて、話し方のコツを学んだという(200頁参照)。話し方を自分で鍛えた小林の語りは、学生たちの心の深奥にまで届いている。
 学生たちとの対話で小林が熱く語るのは、学ぶことの楽しさと、自己を知ることのふたつである。講義「現代思想について」のあとの対話では、江戸時代前期の儒学者・伊藤仁斎のことが語られる。材木屋に生まれた仁斎は学問が好きになり、独学を続け、京都で塾を開き、月謝で暮らした。彼は酒を飲み、ご馳走を食べながら『論語』を講義し、その話のあまりの面白さに、農民、町民、公家、武士と、多様な階層のひとびとが塾生になったという(74頁参照)。小林は言う。「学問とは、人間がどうやって生活したらいいか、その根本を教えるものだ。そういう学問なら、百姓にでも町人にでも役立つはずだな」(75-76頁)。
 「文学の雑感」後の対話では、学生Eがこう質問する。「歴史を学ぶことは、自己を見つめることになるとおっしゃいました。それはつまり、自分の中に、過去の事件や古人の心情を蘇らせることによって、自分の中の自分、つまり自分の心もまたわかってくるし、豊かになるということですか」(103頁)。小林は、こう答える。「織田信長という人間の性格は、『信長公記』という本を読めば、理解できる。君が読み終わって『ああ、信長ってやつは、こんなやつか』と思ったなら、『俺は信長ってやつに興味を抱いているな』とわかる。あるいは、嫌なやつだなと思うかもしれない。すると、『信長を嫌うものが自分の中にあるな』とわかります。それこそは君、自分を知ることではないか」(103頁)。ドン小西も、先に引用した箇所でほぼ同じことを述べている。
  「信ずることと考えること」の講義が終わって、対話の時間が始まると、小林はこう切り出す。「質問するというのは、自分で考えることだ。僕はだんだん、自分で考えるうちに、『おそらく人間にできるのは、人生に対して、うまく質問することだけだ。答えるなんてことは、とてもできやしないのではないかな』と、そういうふうに思うようになった。さあ、何か僕に訊いてみたいことはありますか」(116-117頁)。別の講義のあとで、学生Eが質問する。「信じることと疑うことと問うこと、この三つが重要だと僕は思ってきました。(中略)<学ぶ>には何が最も大切なのでしょうか」(144頁)。小林の応答。「そんな抽象的な質問には僕は答えない。そういう抽象的なことではなくて、君が本当は信じているのに、信じていることを知らないことがたくさんあるのではないかな。自分の目の前のことをよく調べなさい」(145頁)。学生Eの「はい」に続く寸鉄。「今の君のように、抽象的に質問してはいけないな。質問というのは難しいものだね。問うということは、難しい」(145頁)。
 國武忠彦が「小林秀雄先生と学生たち」のなかで、講義を聴いて感動した学生が詠んだ歌を紹介している。「ひとことも聞きもらさじと手をひざに身をのり出し耳を傾く」(平松純子)(188頁)、「対話こそ学問なりと述べられし師の君のことば胸にひびきぬ」(古井博明)(189頁)。
 小林は、学問は「困難があるから、面白いのです。やさしいことはすぐつまらなくなります」(89-90頁)と言う。この本は、学問のむずかしさ、喜びを伝えてくる貴重な一冊である。

 
人物紹介

阿部謹也 (あべ-きんや) [1935−2006]

昭和後期-平成時代の西洋史学者。
昭和10年2月19日生まれ。小樽(おたる)商大教授,東京経済大教授をへて,昭和54年母校一橋大の教授,平成4年同大学長。11年共立女子大学長。専攻はドイツ中世史。中世民衆の世界を伝説や生活史などの面から研究,新しい社会史の分野を開拓した。平成18年9月4日死去。71歳。東京出身。著作に「ハーメルンの笛吹き男」,「中世を旅する人びと」(サントリー学芸賞),「中世の窓から」(大仏次郎賞)など。 "あべ-きんや【阿部謹也】", 日本人名大辞典, JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2014-05-29)

日高敏隆 (ひだか-としたか) [1930−2009]

昭和後期-平成時代の動物行動学者。
昭和5年2月26日生まれ。東京農工大教授をへて,昭和50年京大教授となる。平成7年滋賀県立大学長,13年総合地球環境学研究所所長,京都市青少年科学センター所長。チョウの行動生理学的研究から一般の動物行動学にすすむ。翻訳家としても知られる。日本昆虫学会会長,日本動物行動学会会長をつとめた。平成21年11月14日死去。79歳。東京出身。東大卒。著作に「チョウはなぜ飛ぶか」,訳書にドーキンス「利己的な遺伝子」など。 "ひだか-としたか【日高敏隆】", 日本人名大辞典, JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2014-05-29)

小林秀雄 (こばやし-ひでお) [1902−1983]

昭和時代の評論家。
明治35年4月11日生まれ。ランボーに傾倒し,富永太郎,中原中也らとまじわる。昭和4年「様々なる意匠」を発表,本格的な近代批評のジャンルを開拓。戦前の「ドストエフスキイの生活」,戦中の「無常といふ事」,戦後の「モオツアルト」「本居宣長」など,文学,音楽,美術,歴史にわたる文明批評を展開した。42年文化勲章。芸術院会員。昭和58年3月1日死去。80歳。東京出身。東京帝大卒。
【格言など】青年にとってはあらゆる思想が,単におのれの行動の口実にすぎぬ(「現代文学の不安」) "こばやし-ひでお【小林秀雄】", 日本人名大辞典, JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2014-05-29)

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