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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
 

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無知からの脱出―自立する世界への道―

推薦文 :和田 渡 (経済学部 教授)


 読書にはさまざまの効能がある。退屈しのぎにもなれば、生き方をゆるがされるほどの強い影響を受ける機会にもなる。ゲラゲラ笑って、腹筋が鍛えられる場合もある。本の種類には限りがない。いわゆるハウツーものや、単純に知識だけを与える本がある。今まで想像もしなかったあたらしい世界をかいま見せてくれる本もある。あるいは、そのどちらでもなく、不断知っていると思いこんでいたことを全く別の視点から見せてくれる、人生の指南書とも言うべきタイプの本もある。この最後のもの、あたらしいものの見方を学ぶことができるということは、読書の喜びのひとつであろう。
 今回は、そういう喜びをもたらしてくれる本を二冊紹介しよう。

 橋爪大三郎『面白くて眠れなくなる社会学』(PHPエディターズ・グループ、2014年)は、「なぜ社会は、こんなふうに成立しているのか」(260頁)という問いに、分かりやすい日本語で答えようとする意欲的な本である。むずかしい専門用語は避けて、中、高生にも読めるような文章で書かれている。橋爪は、その理由を「おわりに」のなかでこう述べている。

最終的に決めるのは自分でしかない

 
 その昔、社会学の教科書を、ひと通り読みました。私には使えない言葉が並んでいました。そこで、そういう言葉を使うのはやめ、自分で納得した言葉だけを集めて磨き、自分の社会学をいちから築くことにしました。はじめは少しのことしか言えませんでしたが、そのうち、社会のだんだん大きな領域をカヴァーできるようになりました。
 この本にまとめてあるのは、そうした私の遅々とした歩みの、足跡のようなものです。世界でたった一冊しかない(かもしれない)、これから社会に旅立つ若い人びとのための手引き書です。この一冊を手に、どうかあなたの、あなただけのひと筋の道を、社会にくっきり描いて生きて下さい。(261頁)


  お仕着せの教科書に失望した過去をもつ著者は、自前のことばで考え、書くという自力独行の困難な道を歩みぬいた末に、そこから生まれた豊かな成果を若者たちに残そうとしている。終わりの一文には、自分にしかないスタイルを貫いて、まわりに強い印象を与えるような人生を力強く生きてほしいという祈りがこめられている。

  この本は三部構成で、パートⅠでは、言語、戦争、憲法、貨幣、資本主義、私有財産が主題である。パートⅡは、性、家族、結婚、正義、自由を扱い、パートⅢのテーマは、死、宗教、職業、奴隷制とカースト制、幸福である。いずれも平明な文章ですらすら読めるが、だからといって内容が分かったことにはならない。読み流して終わりにするのではなく、立ち止まってよく考えてみることが大切だ。よく考えることによって、それまで考えてもみなかったことが見えてくる。あらためて自分で考えてみなければならないことも見えてくる。
 全部で16の項目のなかから、三つだけ取りあげてみよう。

 「言語 language」。だれもが不断口にしながらも、あらためて「言語とはなにか」と問われると答えに窮するはずだ。ここでは、もっとも基本的なことが簡潔に書かれている。言語には意味があり、意味は共有されるということ、言語は現実と違った世界を示すことができるということ、言語には、現実の記述だけでなく、あらたな現実をつくり出す働きがあるということなどについて、具体例を交えた説明が明快である。「言語は、社会を可能にし、豊かにする、大切な人間の活動です。言語の性質をよくわかり、言語をうまく使いこなして、この世界を豊かに生きること」(26頁)。このことは、誰もが金をかけなくてもすぐにできる、実りある生き方にむすびつくと、著者は信じている(27頁参照)。
 「憲法 constitution」では、「主権在民」の意味がこう説明される。一般の法律は、国が決めて、人民が守るのに対して(36頁参照)、「憲法は、この向きが正反対です。人民が、約束を守らせる側。国(政府や議会や裁判所)が、約束を守る側です。人民が政府に言うことを聞かせるところに、憲法の本質があります」(37頁)。おしまいはこう締めくくられる。「そこで、みなさんは、日本国のあり方に責任を持って、いつも監視していましょう」(45頁)。
 「幸福 happiness」では、日本の教育が批判されている。著者は、日本で学校教育を受けると、子どもたちはだんだん元気がなくなっていくと見ている(242頁参照)。著者によれば、おとなになるということは、「ひとをどうやって支え、自分にできることをやって、社会に役立ち、そして社会にも支えられて、自分が個人として生きていく、という自分なりの道をさぐること」(242頁)ができるようになるということだ。しかし、卒業時には、学校の価値観につぶされてしまって、そうしたことを前向きに考えるエネルギーが枯渇してしまっているように見えるという(242~243頁参照)。
 社会に出て働き出す前には、自分にふさわしい仕事はなにかを考え、方向を決めなければならない。他人の意見は参考になっても、最終的に決めるのは自分でしかない。だから、自立できる自分を自分でつくっていくことが必要になる。その点にこそ、エネルギーを注がねばならない。
 世界はあなたを中心に回っているわけではなく、あなたが幸せになるようにみんなが調整してくれるわけもなく、必ず不本意な出来事は起こる、と著者は言う(246頁参照)。そのときにどのような態度をとり、どのように考えるかで自分の力量が試される。困難なときこそ、親や友人、知り合い、学校や会社に支えられて生きている自分の存在を思いおこし、その恩返しになにをすればよいのかを考えなければならない(248頁参照)。
 著者は、若者たちへのエールも忘れない。「あなたは世界でたった一人の、ユニークな存在です。あなたにピッタリ合う生き方の処方箋は、あなた自身が見つけるしかありません。そうやって自分の人生に責任を持つというのが、幸福を手に入れる、いちばんよい方法だと思います」(249頁)。

  ジョン・ロックの『知性の正しい導き方』(下川潔訳、ちくま学芸文庫、2015年)も、著者の名前や本のタイトルから、いかにも固い内容が連想されるかもしれないが、一読、肩のこらない楽しい本であることが分かる。
 ロック(1632~1704)は、イングランド西南部のリントンに生まれる。秘書として仕えたシャフツベリ伯爵が失脚し、オランダに亡命する。名誉革命後に帰国した。人間の自主独立の重要性を力説した思想家である。
 晩年のロックは、この本を学者や専門家ではなく、普通の人々のために平明なことばで書き始めたが、完成させることなく世を去った。1704年に『ジョン・ロック氏遺稿集』として公刊され、1741年に『知性の正しい導き方』のタイトルで単行本として出版された。原題は、Of the Conduct of the Understanding である。自分や自分の知性を導くことについて考えたベーコンやデカルトの思想の系列に属する本である。
 冒頭に、キケロ『神々の本性について』第一巻からの以下の引用が置かれている。「間違った意見を保持したり、十分な探究なしに知覚され認識された事柄を少しも疑わずに擁護することほど、軽率で賢人の威厳と堅実さにふさわしくないことがあるだろうか」(14頁)。われわれは、往々にして間違いやすく、十分に考えもせずに意見を言いたがる、軽はずみな愚か者にほかならないということだ。ロックは、この本でそうならないための道筋を示そうとした。
 第一節「はじめに」の冒頭で、ロックはこう述べる。「人間が自分自身を導くにあたって最終的に頼ることができるのは、自分の知性です」(15頁)。誰も手取り足取りして教えてくれなくなったとき、生きる指針となるのは、自分の知性(自分でよく考えて、言うことやすることを決める力)しかないという知性の擁護である。「人がどのような能力を用いる場合でも、本人を絶えず導いてゆくのは、暗かろうが明るかろうが、ともかく知性が現にもっている光です」(同頁)。知性という光の明暗には個人差があり、それぞれの生きる姿勢や覚悟によって変わってくる。右顧左眄してばかりいると、知性の光は曇ってくるし、怠惰な状態が続けば、なにをしてよいのか分からなくなる。「したがって、知性の扱いに十分配慮し、知識の追究や判断の形成にあたって知性を正しく導いてゆけるようにしておくことが、最大の関心事になります」(16頁)。
 誰にも知性が備わっているが、それが誰においても均等なものではない、とロックは強調する。暗い知性のひともいれば、明るい知性のひともいるのだ。「私は、知性には、矯正できるような多くの自然的な欠陥があり、それらが見過ごされ、全くなおざりにされているのだと思います。(中略)人々は心のこの能力を使用し改善するにあたって多くの過ちを犯し、そのために自分の発展を阻害し、無知と誤謬のなかで一生を過ごしています」(18~19頁)。それゆえに、知性は、それぞれが、それぞれの仕方で注意深く磨かなければ、人を導く光にはならないというのがロックの考え方の基本である。
 第三節「推論」では、推論の能力としての理性を活用せずに生きている人々の特徴が示されている。そのいくつかを箇条書きにしてみよう。1)自分の頭で考える労苦を避けて、他人の言うことを信ずる。2)理性の代わりに情念を用いる。3)問題となっていることの全体を見渡せず、部分しか見ることができない。「確実に自分自身で判断し、偏見のない仕方で判断すること」(29頁)が大切である。「崇拝や偏見によって、他人の意見のどれかが美化されたり貶められるのを許してはいけません」(同頁)。
 第四節「練習と習慣」は、もっとも重要な節のひとつだ。なににもまして、日ごろの練習とその習慣化の大切さを強調している。ロックのあげる例を見てみよう。綱渡り師や曲芸師の芸を見ると、誰もが、「どうやって自分の体で、あのように信じがたい、目をみはるような動作をするのでしょうか」(30~31頁)と不思議に思う。ロックの答え。「これは、目をみはる見物人たちと特別違ってもいない身体をもった人間が、ただ慣れと勤勉によって生み出した成果にほかなりません」(31頁)。ロックは、この例を心にも転用して、心の現在のありようは、訓練によって決まると言う(同頁参照)。心が現在どうあるかは、それまでがどうであったかで決まるということだ。曲芸師は、目に見える自分の身体の動きを工夫したり、傍らで見ているひとの意見を聞いたりして、芸を向上させることができるが、心の動きは目には見えないので訓練しにくい。曲芸師は生活がかかっているので、訓練の手をぬくわけにはいかないが、凡人はことさら心の訓練をしなくても支障ない。まして、目に見えないとなると、心は放置されやすい。しかし、だからこそひとひねりがいる。ロックの結論はこうだ。「慣れと訓練がなければ、決して大したことはできません。練習だけが、身体の諸力と同様、心の諸力を完成させるのです」(32頁)。訓練をかさねたピアニストの演奏は胸を打つ。厳しい練習に裏づけされたパフォーマンスは、ひとを感動させずにはおかない。同じように、誰であれ、心の訓練を重ねていけば、いずれは「大したこと」をなしうるのである。
 第20節「読書」は、読書が心に強い刺激を与え、活性化することを説く。「読書は心に知識の素材を提供するだけであり、思考こそが、私たちが読んだものを自分のものにします。私たちは反芻する動物であり、堆積した大きな塊を詰め込むだけでは十分ではありません。何度も嚙みなおさなければ、そこから力や栄養を得ることはできません」(86頁)。ポイントは、反芻する、何度でも噛みなおすことである。丁寧に読む、戻って読む、内容を考える、考えたことをノートに書く、もう一度読み直して、書き直すといった手間ひまのかかる反復作業が読書の根幹をなす。「すべての議論をその源泉にまで遡り、それがどのような基礎にどれほどしっかり基づいているかを看て取るのは、心にとって本来ゆっくりとしかできないつらい仕事です」(87頁)。このつらい仕事を避けて、忍耐のいらないことに向かうことは容易であるが、それでは心が育たない。ロックは、明るい見通しを語る。「厳しい規則によって、最初は困難であるこの課題に心を縛りつけなくてはなりませんが、やがて慣れと練習によって容易にこなせるようになります」(88頁)。痛めつけた筋肉が再生・強化されるように、困難を強制された心は、それに耐え抜いてたくましくなる。むずかしいと尻ごみしたことが、いまや積極的に引き受ける課題となるのだ。「最初の困難が克服されると、この方法は喜びをもたらし、その有益さは肌で感じられるようになりますから、心は力強い激励を受け、活性化され、読書にいそしむようになります」(89頁)。読書が心から喜びと感じられるようになるまでには、いくつもの困難を乗りこえなければならないだろう。しかし、しんどい登山の先に格別な絶景との出会いがあるように、困難な読書の継続は活力にあふれた心を誕生させるのだ。
 この本には、社会で魅力的な人間として生きていくためのヒントが豊富だ。「読んで、本当によかった」と満足できるだろう。

 橋爪もロックも、自分で自分を導き、ひとりの自立的な人間として生きることを読者に求めた。それはかなりむずかしいことにも思える。昔も今も、社会には人間の自立を妨げる要素があふれているからだ。人間の心や身体の活動を眠らせてしまう装置も巧妙に張りめぐらされている。しかし、たった一度しか生きられない人生であるから、「ユニークな存在」となるための努力を惜しんではならないだろう。

 
人物紹介

橋爪大三郎 【はしづめ-だいさぶろう) [1948-]

1948年神奈川県生まれ。社会学者。1977年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1995-2013年、東京工業大学教授。
― 本書「著者紹介」より一部抜粋

ロック 【John Locke】 [1632-1704]

英国の哲学者・政治思想家。イギリス経験論の代表者で、その著「人間悟性論」は近代認識論の基礎となった。政治思想では人民主権を説き、名誉革命を代弁し、アメリカの独立やフランス革命に大きな影響を及ぼした。
" ロック【John Locke】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2015-06-17)

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