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卒業―もう、そして、これから―

推薦文 :和田 渡 (経済学部 教授)

 カート・ヴォネガットの『これで駄目なら 若い君たちへ―卒業式講演集』(円城塔訳、飛鳥新社、2016年)は、主に大学の卒業式のスピーチを集めたものである。原題は、IF THIS ISN’T NICE, WHAT IS ? advice to the young The graduation speeches である。節目の季節に、自分の学生時代をふり返り、未来の社会人としてのあり方を考えてみるには最高の読み物だ。
 カート・ヴォネガット Kurt Vonnegut(1922~2007)は、アメリカのインディアナ州インディアナポリスに生まれた。1950年にSF作家としてデビューし、その後数々の小説を発表し、現代アメリカ文学を代表する作家のひとりとなった。第二次世界大戦でヨーロッパに出征し、ドイツ軍に捕えられ、ドレスデンの捕虜収容所に送られた。このときに、連合軍による猛烈な爆撃を目にした。この体験をもとにして、『虐殺場5号 Slaughterhouse-Five』(1969)が書かれた。SF的な手法や寓話の体裁を用いた小説やエッセーはアメリカ中の高校生や大学生によく読まれた。日本でも、ほとんどの作品が翻訳されている。ヴォネガットはいくつもの卒業式に招かれるようになり、ありのままの自分をさらけ出すスピーチが人気を得た。

卒業

 序文を寄せたダン・ウェイクフィールドは、こう述べている。「ヴォネガットはいつも平易な言葉と言い回しを用いて、誰もが感じてはいるもののうまく言えないでいることや内面を的確に表現し、先入観を揺さぶり、物事を違う角度から見ることができるようにしてくれる」(7~8頁)。「彼は深遠な内容を楽しく語ることができたし、同じ態度と精神は卒業にあたってのスピーチの際にも発揮された。彼は若いからといって特別扱いしたり、未熟な相手として語りかけたりはしなかった」(8頁)。

 講演「卒業する女性たちへ(男性もみんな知っておくこと!)」(アグネス・スコット大学、1999年5月)は、こんな調子で始まる。「君たちのことが好きだ。誇りに思う。期待している。元気でいて欲しい」(34頁)。祝福のことばが続く。「わたしは君たちが教育を受けてくれたことに感謝している。合理的になり、物事を知るようになったことで、君たちは自分たちのいるこの世界を、より理性的なものにしてくれた。君たちの卒業は、わたしが今まで聞いてきたニュースの中でトップを争ういいニュースであると伝えてお祝いの言葉としよう。懸命に勉強して、賢く、合理的な、物事をよく知る人間になったことで、君たちはこの小さな惑星、素晴らしく小さな、水をたたえた、青く緑の球体を、君たちが生まれる前よりマシなものにしてくれた」(45頁)。読書のアドヴァイスもある。「本を読むことをやめてはいけない。本はいいものだ―ちょうどいい感じの重さがある。指先でやさしくページをめくるときのためらい。わたしたちの脳の大部分は手が触れているものが自分にとっていいものなのか悪いものなのかを見定めるのに使われている。どんなちっちゃな脳でも、本はいいものだとわかるんだ」(46頁)。脳にとってよくないものがテレビとコンピュータだ。「インターネットに巣食う亡霊たちと家族になろうとしてはいけない」(同頁)。インターネット万能時代に逆行するメッセージではあるが、そのとおりだろう。

 「百万長者だって持ってないもの」(ライス大学、2001年10月)の出だしはこんな具合である。「有り難う。そして、君たちと君たちをアメリカの大学で勉強できるようにしてくれた人々に栄えあれ。知識を得、理性的な、責任ある大人になることで、君たちはこの世界を君たちが生まれてくる前よりもよいものにしてくれた」(50頁)。この講演のおしまいでは、作家のマーク・トウェインが人生の最期に臨んで、「人生には何が必要なのか」を自問し、それを六語で言えることに気づいたという話が出てくる(54頁参照)。それは、「隣人からの適切な助言 (The good opinion of our neighbors)」(54頁)である。われわれはどんなに年を重ねても、自分のことがよくわからないままに生きている。隣人の方が自分のことをよくわかっていることの方が多いのだ。だからこそ、隣人の助言が指針となり、そのおかげで道を誤らなくてもすむ。とはいえ、だれもが隣人の助言を受けられるわけではない。傍若無人なふるまいをしていると、隣人から敬遠され、愛想をつかされることもたびたびだ。年を取っても隣人からの助言が受けられるということはむずかしい。そこで、ヴォネガットはこうアドヴァイスする。「隣人たちから適切な助言を得るには、学校で学んだ専門知識を駆使して、礼儀と敬意を払い、模範的な本と年長者に従う暮らしをするべきだ」(55頁)。

  「音楽の慰め(この世はロクでもないことばかりだから)」(イースタン・ワシントン大学、2004年4月)は、ヴォネガットの時代批判が炸裂する講演だ。本音とジョークが交じりあった破天荒なスピーチは、卒業生をいくぶん当惑させたかもしれない。絶対的な権力がわれわれを絶対的に堕落させたために、アメリカは人間的で理性的な国家になるチャンスを失ったというのが彼の診断だ(69頁参照)。彼は第二次世界大戦やヴェトナム戦争後の時代の危機を見つめつつ、他方で音楽への愛を語る。「わたしたちの政府と企業とメディアとウォールストリートと信仰と慈善事業団体がどれほど堕落し貪欲になったとしても、音楽は完璧に素晴らしい存在のままだろう」(70頁)。彼は、アフリカ系アメリカ人が奴隷の境遇に置かれていた頃から世界に送り出したブルースを、「世界への贈り物」(72頁)と見なしている。
 ヴォネガットの人間観は辛らつだ。「我々は不実で、信頼できず、嘘つきで、貪欲な動物なのだ!」(77頁)。彼は、この星を「宇宙の精神病院」と呼んだバートランド・ラッセルを引きあいに出して、この病院では収容者たちが互いに苦しめあって、絆を破壊しているというラッセルの話を紹介している(78頁参照)。ヴォネガットはまた、イギリスの歴史家エドワード・ギボンの「『歴史は実際のところ、犯罪と人類の愚行と災難の記録とほとんど変わるところがない』」(79頁)ということばを引用している。ヴォネガットによれば、『白鯨』『ハックルベリー・フィンの冒険』『イーリアス』『オデュッセイア』といった偉大な文学も、人類がいかに駄目なことをしているかを物語るものだ(80頁参照)。
 現状についての悲観的な見通しも語られる。「こうして話している間にも、我々は化石燃料の最後の一塊、一雫、一山を、無駄極まる熱力学的馬鹿騒ぎで浪費している。こうしている間にも、わたしたちの消費行動は大気を呼吸できないものに、水を飲めないものに変化させていて、わたしたちのせいで更に多くの生き物たちが暮らしを破壊され続けている」(87頁)。彼は、自分が真実と考えることを若者に伝える。「わたしたちは全員、自分の症状をそれと認めようとしない段階にある化学燃料依存症患者なんだ。もうすぐ禁断症状に直面することになるだろう」(同頁)。

  「自分のルーツを忘れないこと」(バトラー大学、1996年5月)は、故郷でのスピーチである。「飛行機で飛び回っているテレビに出てくる有名人たちにこう言ってやりたい。よう、金稼ぎ中毒の電気仕掛け野郎」(129頁)。有名人をくさしたあとで、彼は、叔父のアレックス・ヴォネガットが語ったことを伝えている。「彼が言うには、物事が本当にうまくいっているそのときに、ちゃんと気づかなくちゃいけない。偉大な勝利の話じゃなくて、ほんのささやかな出来事のことだ。木陰でレモネードを飲むときみたいな。パンの焼ける匂いとかね。魚釣り。夜、外に立って、コンサートホールから聞こえてくる音楽に耳を澄ませるとき。うむ。キスのあとなんていうのはどうかね。彼はそういうときにはこう声に出すことが大切だと言った。『これで駄目なら、どうしろって?』」(130頁)。叔父は、幸せでありながら、それに気づかずにいるのはおそるべき浪費だと考えていたという(同頁参照)。
ヴォネガットは若者に、この星のちいさな一画に、安全で正気できちんとした秩序を備えた土地を築くことを目標にすることを勧め(131頁参照)、講演をこう締めくくっている。「やらなきゃいけないことはたくさんある。/やり直さなきゃいけないこともたくさんある。精神的にも、肉体的にも。/そうして、もう一度言おう。幸せの種もたくさんある。/忘れちゃ駄目だよ!」(同頁)。

  『巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ』(佐藤知恵訳、文藝春秋、2015年)は、ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)、シェリル・サンドバーグ(フェイスブックCOO)、トム・ハンクス(俳優)、メリル・ストリープ(俳優)、マーティン・スコセッシ(映画監督)、チャールズ・マンガー(バークシャー・ハサウェイ副会長)ら12人の卒業式でのスピーチを集めたものである。ヴォネガットの破格な語りとは対照的に、この本に登場する人物は、オーソドックスな語り方をしている。彼らは、自分の経歴や失敗談などエピソードを交えて話しながら、卒業生を祝福し、あらたな門出に際して激励のことばを贈っている。

  台北市生まれのジェリー・ヤン(ヤフー!創業者)は、母親とともに10歳で渡米した。スタンフォード大学の工学部を卒業したが、就職先が見つからず、やむなく大学院に進学し、途中で起業家に転進した。ハワイ大学ヒロ校でのスピーチ(2009年5月)では、自分の体験とアドヴァイスを語っている。ヤンは、大学院時代に日本に6ヶ月間留学し、相撲ファンになっている。彼は学生に、自分の枠から外に出ること、世界に飛び出してみること、未踏の地に足跡を残すことを勧めている(44頁参照)。「世界は一冊の本である。旅に出ない人は最初の1ページ目しか読んでいない」(同頁)というアウグスティヌスのことばが援用されている。ボストン生まれの作家ラルフ・ワルド・エマーソンの「人生とは授業の連続。それは体験しなければ理解できないものばかりである」ということばも引用されている。スピーチの終わりの方で、ヤンはこう激励している。「今の皆さんの仕事は、未知の世界に足を踏み入れ、何が起こるか見届けること。あせらなくても大丈夫。どんな仕事からも学び、人生を楽しんでください」(48頁)。

  ディック・コストロ(ツイッターCEO)は、母校のミシガン大学の卒業式に登壇している(2013年5月)。彼は、台本のない人生を生きる最善の方法は、自分の好きなことに全力を注ぐことだと強調している。好きで選んだ道ならば、どんな困難も乗りこえられると力説している(64頁参照)。おしまいに、彼は、「今この瞬間を生きてください」を3度繰り返して、「今を生きる」ことの大切さを訴えている。

  メリル・ストリープは、バーナード大学でのスピーチ(2010年5月)で、女優としてのキャリアを振り返ってこう述べている。「ご存知のとおり、私は、人に虚構を信じてもらう『俳優』という職業で成功してきました。何かをやってきたわけではなく、何かをやる”ふり”をしてきた人間です。だから、卒業生のご家族が私をロールモデルとしてふさわしいと思ってくれるか、今ひとつ自信がありません」(166頁)。こう謙遜したあとで、彼女は、「女性と演技」の関係を話題にする。「女性が、男性よりも演技が上手いのはなぜでしょうか? それは生き延びるために演じなければいけなかったからです。自分よりも体が大きい男性に意見をうまく聞いてもらおうとすると、弱くて無知な女性を装う必要が出てきます。演技は女性が生存していくためのスキルだったのです。このスキルをつかって、女性は何千年も生き残ってきたのです」(168頁)。彼女は、この女性論を男性にもひろげていく。「演技は人生を生き抜くのに必要な、大切なスキルです」(同頁)。場の雰囲気を読んで相手に合わせる”ふり”をしたり、状況に応じて違う自分を演じたりする「柔軟性」が、生きるためには欠かせないということだ。とはいえ、”ふり”はしばしば見破られる。彼女自身は、高校時代に男子から気に入られるために「ふり」のスキルを磨いたが、同性からは嫌われた。女子大に入って、目覚め、本来の自分に戻った(173頁参照)。のちに女優となるにあたって、若い頃のスキル磨きは役立ったようだ。

 チャールズ・マンガーの南カリフォルニア大学ロースクールでのスピーチ(2007年5月)は、ユーモラスな調子で始まる。「皆さんの多くは、なぜこんな年寄りが卒業式で講演をするのだろうと、不思議に思っていることでしょう。その理由は明らかです。まだ死んでいないからです!」(221頁)。この講演で、彼がもっとも強調するのが「学び続けること」だ。「皆さんは。一生学び続けなくてはならないということです。そうしなければ、豊かな人生も送れません。大学で身につけた知識だけでは不十分なのです。卒業後、どれだけ学べるかが勝負です。学習すればするほど、前に進んでいくことができます」(225頁)。彼はまた、「物事を一面からしか見ない大バカ者」(229頁)になってはいけないと述べる。物事のつながりに気を配り、大局的な観点からものを見るようにつとめることの勧めだ。そのためには、学ぶこと、考えることが大切だ。そのほかのアドヴァイスをいくつか列挙しておこう。「物事を反転して考えてみる」(233頁)、「イデオロギーに洗脳されるな」(235頁)、「嫌な人間関係を避けよ」(241頁)、「学ぶ達人のもとで学べ」(244頁)、「強い好奇心を持て」(246頁)、「勤勉さを大切に」(247頁)、「トラブルに備えよ」(249頁)などである。最後のアドヴァイスと関連して、イギリスの詩人アルフレッド・エドワード・ハウスマンの詩が引用されている。「『他人の考えは浅はかで、はかない。恋人に会いたい、運に恵まれたい、名声が欲しい。そんな考えで頭がいっぱいだ。しかし私は違う。問題にどう対処するべきか、いつも考えている。だから、何が起きても私の考えはぐらつかない。いつトラブルがやってきても大丈夫なように備えているからだ』」(250頁)。マンガーは、トラブルに備えて慎重に生きたおかげで、幸せな人生を送ることができたと回顧している。

 この本に登場するひとたちが一様に強調しているのは、学ぶこと、考えて生きることは学生時代が終わっても続くということだ。本を読み、幅広く学び、深く考えることが豊かな人生にむすびつく。それを避けていると、窮屈で一面的な考え方に陥り、苦境を切り開く力が育たない。現実の社会では、わずらわしい人間関係に巻きこまれたり、困難なことにもしばしば直面しなければならない。抵抗力をつけておかないと乗り切れない。そのためには、なによりも柔軟に、多面的に考える力が大切なのだ。

人物紹介

カート・ヴォネガット【Kurt Vonnegut】[1922-2007]

米国の小説家。SF的手法を用いて現代社会を諷刺する作品を多く残した。作「タイタンの妖女」「猫のゆりかご」「スローターハウス5」など。
" ボネガット【Kurt Vonnegut】", デジタル大辞泉, JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2016-02-25)

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