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成長の喜びと衰退の悲しみ―変わる・変える・変えられる―

推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)


 動物も植物も、生きているかぎり時間とともにその姿は変化していく。外からの力によって否応なく変えられるということがなくとも、成長からやがて衰退へと向かう自然な変化は避けられない。他方で、ひとにはこうした自然な変化とはことなる変化が見られる。それは、自分で自分を変えていくという、思考や意志による能動的な変化である。ひとは、考え方や生き方を自分で変えることのできる生きものなのだ。
アメリカのいくつかの大学では、人間のもつ自立的で積極的な変化の可能性に注目し、「自分で自分を変える」ことの意義を強調し、そのための具体的な方法や考え方について教える講義が受講者の共感を得ている。今回は、そのなかで三つの授業を取りあげてみよう。

 ケリー・マクゴニガルの『スタンフォードの自分を変える教室』(神崎朗子訳、大和書房、2015年)は、スタンフォード大学の生涯教育プログラム講座の内容を活字にしたものであう。原題は、The Willpower Instinctである。この本の特色のひとつは、このタイトルから明らかなように、脳科学や神経科学などの知見にもとづきながら、意志力を本能としてとらえていることである。「意志力とは進化によって得た能力であり、誰もがもっている本能であり、脳と体で起きている現象を対応させる能力なのです」(95頁)。




 マクゴニガルは、スタンフォード大学の心理学者である。講義では、心理学や神経科学、医学などの知識を活用しながら、ひとびとが健康で、幸福を享受し、良好な人間関係を維持するための実践的なアドヴァイスを行なっている。2013年に二度来日して講演したさいには、中学生から高齢者までの幅広い受講者を集めた。
 本書の目次を見てみよう。序論「自分を変える教室」へようこそ―意志力を磨けば、人生が変わる、第1章 やる力、やらない力、望む力―潜在能力を引き出す3つの力、第2章 意志力の本能―あなたの体はチーズケーキを拒むようにできている、第3章 疲れていると抵抗できない―自制心が筋肉に似ている理由、第4章 罪のライセンス―よいことをすると悪いことをしたくなる、第5章 脳が大きなウソをつく―欲求を幸せと勘ちがいする理由、第6章 どうにでもなれ―気分の落ち込みが挫折につながる、第7章 将来を売りとばす―手軽な快楽の経済学、第8章 感染した!―意志力はうつる、第9章 この章は読まないで―「やらない力」の限界、第10章 おわりに―自分自身をじっと見つめる。
 本書の各章には、「意志力の科学者になるための2種類の課題」(25頁)が用意されている。ひとつは、「『マイクロスコープ(顕微鏡)』」(同頁)であり、これは、省ごとの話題が読書の生活にあてはまることに気づいてもらうための仕掛けである。第1章のための「マイクロスコープ」では、「あなたの『チャレンジ』を選んでください」と題して、読者に「やる力」「やらない力」「望む力」のいずれかにチャレンジすることを勧める導入部となっている。もうひとつは「『意志力の実験』」(26頁)であり、この課題によって著者が読者に求めるのは、「科学的な研究や理論に基づいて自己コントロールを強化するための実践的な戦略」(同頁)である。この種の実践を通じて、読者が意志力の問題に目覚め、自己をうまくコントールできるようになればというのがマクゴニガルの思惑である。著者によれば、意志力という本能は、衝動的な本能に対立し、衝動の無軌道な噴出にブレーキをかける力である。この力の働き方は、彼女の見解によれば、食べ物や呼吸、運動などによって左右される。食事の質をよくし、ゆっくりとした呼吸を心がけ、適度な運動をすることで、意志力は強化されるというのである。意志は、単に意識的なレヴェルでの知的な活動ではなく、脳や体全体の働きと連動しており、日常生活の仕方を変えることができれば、意志力の強化も可能になるというのだ。
 第3章では、意志力強化プログラムとして、参加者に自制心を必要とする小さなこと(姿勢をよく保つ、甘いものをへらす、出費の記録など)を継続的にするよう求めた場合に、意志力が強くなるという結果が示されている(120頁参照)。著者は、大学の心理学者などが行なっている意志力トレーニングの成果を検証して、こう述べている。「たとえつまらないことやかんたんなことでも、意志力のエクササイズとして毎日続ければ、自己コントロールが筋肉に似ているのがよくわかり、あらゆる意志力の問題に対処するための力がついてくるのを実感できるでしょう」(123頁)。「筋肉と同じで、意志力も『使わなければ駄目になる』ようにできているのです」(133頁)。
 本書は、「自分を変える」というチャレンジを、意志力は日常のエクササイズによって十分に強化されうるという科学的な検証の成果とむすびつけて、読者に積極的な自己変革を迫る一冊である。底流にあるアメリカ的な楽観主義に鼻白む向きもあるかもしれないが、自分を変えたいと願っているなら、著者がこの本で求めている「意志力の実験」に積極的に参加してみても損はないだろう。

 タル・ベン・シャハーの『ハーバードの人生を変える授業』(成瀬まゆみ訳、大和書房、2015年)は、ハーバード大学の「伝説の授業」と言われた人気講義を文庫化したものである。原題は、Even Happierである。彼の講義には、多い年には1学期あたり1,400名の学生が殺到し、強い影響を受けたという。
 タル・ベン・シャハーは、「ポジティブ心理学」の研究者のひとりである。この学問の特色は、人間がよりよく生きるということに焦点をあてて研究するところにあり、ポジティブな感情や積極的な人間関係、幸福、楽観的な態度といったテーマを扱っている。「あとがき」によれば、彼は16歳という若さでスカッシュのイスラエル・チャンピオンになったが、決して幸せにはならなかったと感じ、それが「幸せ」研究の出発点になったという。その後、彼は大学で哲学・心理学を専攻し、「成功はおさめたが、幸せを実感していないひとびと」を観察し、独自の幸福論を構築するにいたる(243~244参照)。
 本書には、授業のエッセンスが「感謝する」から「全体を振り返って」まで52講にまとめられ、合わせて「アクションプラン」が示されている。いずれも難解な術語を使わず、平易な言葉で語られており、とっつきやすい。
 「はじめに」で、彼はかつて自分が影響を受けた授業にならって、受講者にひとつの理論について考えるだけでなく、その内容を実践することを提案してきたと語る。彼はそのやり方を「リフラクション(反映させて行動する)」(3頁)と名づけている。それを通じて、単なる知識を得るだけでなく、周囲の世界をよく理解し、状況に適切に対処することができるようになると述べている(5頁参照)。
 第1週「感謝する」で、彼の講義の進め方を見てみよう。問いかけはこうだ。「あなたが感謝できることは何ですか。自分の人生でありがたいと思うことは何ですか」(12頁)。これに続けて、こう注文する。「この1週間、感謝することを毎日5つ書きとめるようにしてください。このワークで大事なことは、おざなりに行なうのではなく、しっかりと意識をもって行なうことです」(12頁)。そのために、書いていることを生き生きと思い浮かべ、書いている間に、そのことをもう一度経験しているかのように感じてほしいと述べている。このワークを続けていると、幸せになるために特別な出来事は必要でなくなるという(11~12頁参照)。
 第7週は「困難から学ぶ」だ。著者は言う。「本当に幸福になるためには、ある種の自己啓発本や精神科の薬が回避しようとするような、不快な感情やつらい体験が必要です」(37頁)。質問はこうだ。「大変だったり、つらかったりした経験を思い返してみてください。そこからあなたは何を学びましたか。どのように成長したでしょうか」(38頁)。ふり返って日本の就職面接でも、「あなたは挫折をどのようにして乗り越えましたか」という問いがしばしば出されることからも、失敗体験とその対処の仕方が重視されていることがわかる。著者は先の問いに続けて、今後4日間、ジェームズ・ベネベーカー(テキサス大学)の指示に従って、毎日15分~20分過去のつらい経験を書き出すことを勧める。ベネベーカーの指示を要約すると、かつて怒りを感じたり、トラウマになったりした経験について、心の奥底でどのように思い、感じているかを書き出し、心の深いところにある感情や思いと向き合うということである(39頁参照)。
 第11週は「失敗から学ぶ」だ。万事が順調で失敗のない人生というものはない。だれもが、どこかでつまずいたり、失敗してくじけたりする。人生には思いがけないことがおこり、愕然としたり、深く傷ついたりすることも少なくない。しかし、だからといって、失敗を恐れてすくんでいるわけにはいかない。失敗することも考慮して、ことに臨むことが大切だ。著者は、ハリー・ポッター・シリーズの作者J・K・ローリングが2008年にハーバード大学の卒業式で行なった講演の一部を紹介している。「失敗がなければ自分自身について深く学ぶこともできなかったでしょう。私には強い意志と、思っていた以上の自制心があることがわかりました。また宝石のルビーよりも価値のある友人たちに恵まれていることもわかりました。(中略)人は逆境で試されて初めて、真の自分自身や人間関係の強さを知るのです」(55頁)。失敗こそがひとを鍛えるから、失敗を恐れてはならないというアドヴァイスだ。著者は、この週のおしまいに、哲学者セーレン・キルケゴールの言葉を引用している。「大胆に行動すれば、一時的に足場を失う。大胆さがなければ、自分自身を失う」(57頁)。
 最後まで読んでみると、こうしたアドヴァイスは、そもそも強い性格のひとたちを対象に書かれたものであり、万人に有効とは言えないのではないかと、一抹の疑念を抱かないこともない。それでも、多岐にわたる個々の助言は十分に説得的であり、自分を変えたいと望んでいる若い読者がチャレンジしてみるだけの価値はありそうだ。

  ブライアン・R・リトルの『自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義』(児島修訳、大和書房、2016年)も、「ポジティブ心理学」の知見を活用して、人間のパーソナリティと幸福な人生の関係を語ったものである。BBC、ニュヨークマガジンなど各メディアで絶賛されている。原題は、ME, MYSELF, AND US The Science of Personality and the Art of Well-Being である。
 本書は、「はじめに」のあと、第1章「あなたを閉じ込めている檻―メガネを変えて世界を見る」から第10章「自分を変える挑戦―幸福な人生を自分でつくる」までで構成されている。リトルは、「遺伝」や「環境」という過去的な制約を重視する傾向の強すぎた従来のパーソナリティ理論に対抗して、「創造性」や「柔軟性」といった未来に向かって生きる側面を強調するパーソナリティ心理学の知見を尊重している。ひとは遺伝や環境要因に影響される受動的な存在であることは避けられないとしても、より豊かな将来の生活実現をめざして能動的に生きることも可能だという考え方である。
 第1章の中心的主張はこうである。われわれは自分や他人、周りの状況などを評価する基準を身につけて育つが、その基準が次第に固定化し、窮屈な枠組となってしまうことが多い。それゆえに、自分のメガネをかけ変えて、自由な目でものを見るような工夫が欠かせない。
 第2章「『自分の性格』を理解する―五つの要素で適性がわかる」では、そのための方法が示されている。なによりも、自分がどのようなメガネをかけているかを知ることである。要するに、自分の性格を理解することだ。そのための方法のひとつとして、誠実性、協調性、情緒安定性、開放性、外向性といった性格的な特徴を測定できる「ビッグファイブ・テスト」が紹介され、それぞれの性格について細かく記述されている(55~71頁参照)。
 第3章「別人を演じる―大切なもののために性格を変えるということ」では、なにか大切なもののために、自分の性格の外に出て、通常とは違う仕方で行動ができるというひとの特徴が主題化されている。
 第4章「『タマネギ』か『アボカド』か―場に合わせるか、信念に従うか」では、自分がどういう性格の持ち主かを判定するために有効な「セルフモニタリング・テスト」が紹介されている。「他の人の行動を真似ることは苦手だと思う」から、「本当は嫌いな相手でも、表面的にはうまく付き合っていけると思う」までの18の質問に○×◎で答えて、自分のセルフモニタリング度がわかるように仕組まれているものだ。それによって、自分の性格の傾向を把握できる。
 第5章「主体的に人生を生きる―運命はどのくらいコントロールできるのか?」は、本書の核となる章である。「人間は運命を自分でコントロールできるのか、できないのか」、これは古代からの問いである。二者択一が不可能な問いではある。リトルは、「自己解決型」と「他者依存型」がわかる性格テストを出して、読者がこの問いに対してどう対応するかを試している。このテストは、「1懸命に努力をすれば、たいてい望むものを達成できる」から「10自分にとってあまりにも難しいことに取り組み続けるのは無意味だと思う」という質問に答えるものである(135~136頁参照)。このテストを用いた研究の結果によれば、「自己解決型」の方が、人生においてより幸福感を感受し、成功する度合いも高まると見なされている(136頁参照)。
 この章には、自分のことを話題にする「パーソナル・スケッチ」の授業で、リトルに強い引用を与えるエッセイを書いた女性が登場する。彼女は、青年時代に自分の人生をコントロールして前向きに生きていたが、そのごの数々の不幸な経験に遭遇し、思いがけない出来事に人生の方向がねじ曲げられてしまうまでの顚末を文章にした。彼女だけでなく、だれの人生にとっても、自己コントロールがうまくいって、思い通りに生きられる面と、予想外の出来事によって翻弄される面がある。そこでリトルは、現実に適応して生きることと、偶発的なできごとを受容して生きることの両面を強調している。
 これに続く各章で、性格と寿命の関係、クリエイティビティの本質、住んでいる場所と生活の質の関連性、環境、サイバースペースと人間、パーソナル・プロジェクトといった興味深いテーマが扱われている。最終章は、自分が複数の自分から成り立っていることを自覚し、自分とのつき合い方を豊かにすることが幸福への鍵になるという内容で結ばれている。
 この先どうなるかを不安視することをいったん止めて、これからどうするのが最善かを考えてみたいひとにはおすすめの一冊である。

人物紹介

ケリー・マクゴニガル (Kelly McGonigal)

ボストン大学で心理学とマスコミュニケーションを学び、スタンフォード大学で博士号(心理学)を取得。スタンフォード大学の心理学者。専門は健康心理学。心理学、神経科学、医学の最新の研究を応用し、個人の健康や幸せ、成功および人間関係の向上に役立つ実践的な戦略を提供する講義は絶大な人気を博し、スタンフォード大学で最も優秀な教職員に贈られるウォルター・J・ゴア賞をはじめ数々の賞を受賞。各種メディアで広く取り上げられ、「フォーブス」の「人びとを最もインスパイアする女性20人」に選ばれる。ヨガ、瞑想、統合医療に関する研究をあつかう学術専門誌「インターナショナル・ジャーナル・オブ・ヨガ・セラピー」編集主幹を務め、著書に『痛みを和らげるヨガ―心を落ち着け、痛みを緩和するためのシンプルヨガ』(未邦訳)などがある。 ―本書より

タル・ベン・シャハー(Tal Ben-Shahar, Ph.D)

ハーバード大学で哲学と心理学を学び、組織行動論で博士号を取得。心理学博士(組織行動論)。ハーバード大学で受け持った授業には、1学期あたり約1400名の学生(ハーバード大学全学生の約2割に相当)が殺到し、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ボストン・グローブ』紙など、メディアで大きく取り上げられた。講義科目は「ポジティブ心理学」(ハーバード大学2006年度受講生第1位)、「リーダーシップ心理学」(同3位)。現在はイスラエルのヘルツリヤ学際センターで教鞭を執る一方、講義・講演などで飛びまわっている。 ―本書より

ブライアン・R・リトル (Brian R. Little)

パーソナリティや動機付けをテーマにした心理学分野で世界的に有名な研究者。大学教育界のノーベル賞とも呼ばれる「3Mティーチング・フェローシップ」受賞。ケンブリッジ大学ウェルビーイング・インスティテュート特別研究員、カールトン大学特別教授。ケンブリッジ大学心理学部、ケンブリッジ・ジャッジ・ビジネス・スクール、カールトン大学、マギル大学、オックスフォード大学、ハーバード大学で教鞭をとり、常に満席の講義によって、3年連続でハーバード大学の人気教授に選出された。現在は、イングランドのケンブリッジ、カナダのオタワに在住。 ―本書より

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