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おすすめの一冊 本学の教員や図書館員のおすすめの本を紹介します。
 

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挑戦する力―学生として、社会人として―

推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)


 ティナ・シーリグの『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義』(高遠裕子訳、CCCメディアハウス、2010年)は、大学生が学生としてどのように生き、卒業後に社会人としていかにふるまうかを考えるための多くの示唆を与えてくれる本である。20歳の頃にこうしておけばよかった、このことについてもっと知っておけばよかったと反省するのは、中年になって過去を振り返るときであって、青春の渦中では、五里霧中の状態で生きることが少なくない。人間関係のもつれに苦しんだり、ひとりよがりになったり、知ったかぶりをしたり、ささいなことで落ちこんだり、舞いあがったりする日々も続く。しかし、遅かれ早かれ卒業すれば、学校とはまったく異なる環境のもとで、社会人として困難な日々を生きていかなければならない。学生のときには、社会人としての生きづらさがどのようなものかを推測することはむずかしいし、どのような勉強が必要になるかも想像しにくい。社会人として実際に働いてみなければ分からないことはあまりにも多いのだ。
 彼女は、いずれ大学生になる自分の息子に、「社会に出たときに知っていればよかったと思うこと」(217頁)を伝えたいと願って、本書を執筆している。本書を読んで、将来に必要になることを予測し、いまできることを実行するだけでなく、社会人として生きることのむずかしさについてもあらかじめ考える機会をもてる大学生は幸いである。


  ティナ・シーリグの一家は、彼女が8歳のとき、ナチスが台頭する1930年代のドイツから逃げのびて、渡米した。現在の彼女は、スタンフォード大学で教え、起業家養成の講座や演習を担当している。企業の幹部を対象にした講演やワークショップなどでも活躍している。
 本書の全10章のタイトルは以下の通りである。1.スタンフォードの学生売ります 自分の殻を破ろう。2.常識破りのサーカス みんなの悩みをチャンスに変えろ。3.ビキニを売るか、さもなくば死か ルールは破られるためにある。4.財布を取り出してください 機が熟すことなどない。5.シリコンバレーの強さの秘密 早く、何度も失敗せよ。6.絶対いやだ! 工学なんて女がするもんだ。 無用なキャリア・アドバイス。7.レモネードがヘリコプターに化ける 幸運は自分で呼び込むもの。8.矢の周りに的を描く 自己流から脱け出そう。9.これ、試験に出ますか? 及第点ではなく最高を目指せ。10.実験的な作品 新しい目で世界を見つめてみよう。楽天的な見出しや、ひとを鼓舞する言い回しのオンパレードだが、彼女は一貫して読者にポジティブな態度で生きることを求めている。
 第1章では、起業家精神とはなにかを身につけてもらうための演習課題に必死に取り組む学生たちの姿が紹介されている。彼女は学生たちに、常識を疑い、チャンスを見つけ、限られた資源を活用し、創意工夫をこらすことを要求している(10頁参照)。ひとつの課題はこうである。「いま、手元に五ドルあります。二時間でできるだけ増やせと言われたら、みなさんはどうしますか?」(同頁)。この課題にどのように対応したのかを、チームごとにスライドにまとめ、3分間で発表することが求められる。5ドルを元にして、650ドル稼ぎ出したチームや、うまくいかなかったチームの具体例が示されている。つぎの課題は、「『これから五日間、封筒を開けてから四時間のあいだに、このクリップを使って、できるだけ多くの『価値』を生み出してください』」(14頁)というものである。もっとも面白い例として、クリップをポスター・ボードと交換し、シヨッピング・センターに「『スタンフォードの学生売ります―一人買えば、二人はオマケ』」(16頁)という貼り紙を張って立てかけたチームが紹介されている。この貼り紙を見て、重い荷物の運搬を求めるひとや、リサイクル品の引取りを依頼するひとが現われた。仕事に行きづまったある女性は相談相手を求めてきて、やりとりの御礼に未使用パソコンのモニターを3台くれたという(同頁参照)。
 彼女によれば、こうした演習から引き出せる教訓は以下の三つである。1.チャンスは無限にある、2問題の大小に関係なく、手元の資源を用いて解決する独創的な方法は存在する、3.どんな問題も広い観点から見れば、解決のヒントが得られる(17~18頁参照)。演習で鍛えられた学生たちの印象はこうしるされる。「学生は、授業が進むにつれて、問題を可能性というレンズで捉えることに快感をおぼえ、最後はどんな問題でも受けて立とうという気になります」(18頁)。彼女は、自分の信念をこう表現する。「社会に出て成功するには、どんな職場であっても、人生のどんな局面でも、起業家精神を発揮して、みずから先頭に立つ術を知っておく必要があります」(19頁)。だれもが成功できるわけではないとしても、成功をめざす心構えとしては的確な指摘である。
 この章では、知識詰めこみ型教育の批判が的を射ている。多くの大学では、学生は知識の暗記を強いられ、試験では正解の解答を求められる。ところが、実社会で出会う問題には、正解などない。「社会に出れば、自分が自分の先生であり、何を知るべきか、情報はどこにあるのか、どうやって吸収するかは、自分で考えるしかありません。実社会での生活は、出題範囲が決められずに、どこからでも出される試験のようなものです」(21~22頁)。大学では、親切な教師がいれば手取り足とりで教えてくれるかもしれないが、社会ではそうはいかないから、彼女が言うように、自分が自分の教師になって、自分で自分を導いていかなければならないのだ。これは簡単にできることではないが、その力を少しでも鍛えるべき場所が大学であろう。シーリグは、チリ大学のカルロス・ビグノロ先生の学生への挑発的発言を引用している。「『社会に出たら、有能な教師が道を示してくれるわけではないのだから、君たちはできの悪い教師の授業を取りなさい』」(22頁)。できの悪い教師に見切りをつけた学生は、自分で考え始めるようになるからだ。
 この章で注目すべきは、「失敗論」である。彼女は、学校と違って、社会では失敗が許されると言う。「じつは失敗とは、人生の学習プロセスの重要な一部なのです。進化が試行錯誤を繰り返してきたのとおなじように、人生でも、最初に間違い、途中でつまずくのは避けられません。成功するかどうかは、こうした失敗の経験から、その都度、教訓を引き出せるか、そして、新たに身につけた知識を武器にして前に進めるかどうかにかかっています」(22頁)。失敗の具体例として、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの一部が引用されている(106~108頁参照)。自分たちが創業したアップル社を30歳でクビにされたという失敗(レンガで頭をぶん殴られるような出来事)談である(108頁参照)。ジョブズは、その後、失敗を糧として成功への道を歩んだ。
 多くの自己啓発本にも書かれている「失敗から学ぶ」こととは、しでかしたしくじりの理由を仔細に検証し、今後しくじらないためになにをすべきかを反省し、つぎにいかすことである。つまずくことも、へますることもない人生はありえない。いかに用心深く生きても、思いがけない形で失敗するのが常であるが、失敗のたびに反省と自己改良を加えていけば、いつかは目ざしたもの以上の地点に到達することができるだろう。
 「自分自身を、そして世界を新鮮な目で見てほしい―これがわたしの願いです」(23頁)。
この願いは、最終章の冒頭でも繰り返される。彼女は、本書の全部のタイトルを「あなた自身に許可を与える」と統一してもよかったと告白し、許可の具体例を六つ示している。許可とは、自分がすべきことを自分自身でできるようにするという意味だ。その内容は、常識を疑う、世の中を新鮮な目で見る、実験する、失敗する、自分自身で進路を描く、自分自身の限界を試すということである(206頁参照)。「じつは、これこそ、わたしが20歳のとき、あるいは30、40のときに知っていたかったことであり、50歳のいまも、たえず思い出さなくてはいけないことなのです」(206頁)。彼女が20歳のときに知っていたかったことを、同じ年齢で知ったからといって、知るだけでは不十分だ。それを実生活で着実に実行する意志と覚悟をもって生きることが大切である。
 第2章は、問題を解決するための工夫についてだ。そのためには、「世界を別のレンズ―問題に新たな光を与えることのできるレンズ―で見る」(26頁)ことが求められる。彼女は、「困っていることをひとつ挙げて、身の回りにあるモノを使ってそれをどう解決したか」という課題を出す。引越し前に大型家具の運送に困っていた学生は、何週間か前のパーティで余ったワインの箱に注目し、ネットに「『ベイブリッジの向こうのアパートまで家具を運んでくれたら、御礼にワイン一箱差し上げます』」(31頁)と書きこみ、うまく問題を解決したという。
 第3章では、「周囲の期待を裏切った体験談」の求めに応じた、二年前の卒業生の話がまとめられている。「決まりきったステップとは違う方向に踏み出すとき、すばらしいことがおきる。踏みならされた道は通りやすいが、面白いことはおこりにくい。用意された道にとどまることは楽だが、意外なことに遭遇するチャンスを失いがちだ」といった内容だ(67頁参照)。彼女は言う。「常識は何かを考え、見直そうとすれば、そして、自分に投影された自分自身や周りの期待を裏切ってもいいと思えれば、選択肢は限りなく広がります。快適な場所から踏み出すことを恐れないで。不可能なことなどないと呑んでかかって、月並みな考えをひっくり返してください」(68頁)。自分にはやばやと見切りをつけたり、自分を狭い枠に押しこめたりせずに、可能性の世界に向かって挑戦し続けてほしいというメッセージだ。
 第5章のテーマは、第1章でも述べられている「失敗からいかに学ぶか」であるが、ここでは、学生に「失敗のレジュメ」の提出を義務づけている彼女が、自分の犯してきた失敗を公開している(89~90頁参照)。彼女は、仕事上の問題で、注意力不足のため判断を誤り、会社経営に関しては、技術面でも組織運営面でも解決策を見出すのに大変な苦労をしたという。学問上では、大学の最初の2年間をさぼり、授業を最大限に活用することを怠り、大学院ではアドバイザーとの関係がうまく行かなかった。私生活では、ボーイフレンドとの対話を欠いたため、自分のほうから関係を終わらせてしまう。また、叔父の葬儀に出席するつもりだったが、他人の言いなりになり、それを取りやめてしまい、自分のこころの声に従わなかったことを悔やんでいる。
 こうした自らの失敗を通じて、失敗を経験することで「しっかりと深く学ぶこと」(93頁)ができるようになると彼女は考える。「自分でやってみもしないで学ぶことはほとんど不可能です。いろいろ試してみれば、失敗も避けられませんが、そこから学ぶことがあるはずです」(93頁)。「トライ アンド エラー」のあとに、敗因を深く考え直す作業が伴えば、失敗は豊かな意味をもたらしてくれる。
 第7章のテーマのひとつは、身の回りの環境を注意深く観察して、不断見逃しているものに気づくことの大切さである。「よほど意識して努力しないと、身の回りに注意を向けることはできません。自分自身に教え込まなければいけないのです」(148頁)。このことを分かってもらうために、彼女は、学生たちを馴染みのある場所に連れて行き、目に見えないものに注意させる演習を行っている。その結果、彼らは、音や匂い、手触り、店の成り立ち、客に対する店員の応対といった、不断気にとめないでいる要素に関心を向けるようになり、日ごろいかに目隠し状態で過ごしているかに気づいて、愕然とするのである(149頁参照)。
 第9章は、学生たちに積極的な姿勢を促す内容である。彼女は授業初日のガイダンスの最後には、「『光り輝くチャンスを逃すな』」(188頁)と期待をこめて強調するという。アメリカでも、試験前になると、最小限の努力ですまそうとして、「『これ、試験に出ますか?』」(189頁)と聞いてくる学生がいるようだが、それでは自分の枠を超えられないし、見違えるような学生にもなれないと、彼女は考える。「光り輝くとは、いつでも期待以上のことをすると決意することです。裏返せば、期待される最低限のことしかしないのは、その機会を自分で台無しにしていることになります」(192頁)。「しようと思うけれども、実行には移さない」、「しなかった言い訳を繰り返す」のは駄目ということだ。「本気で何かをしたいのなら、すべては自分にかかっているという事実を受け入れなければなりません」(194頁)。自己責任の強調である。この章のおしまいでこう述べられる。「光り輝く方法は一様ではありません。ですが、すべては限界をとっ払い、持てる力を遺憾なく発揮しようとするところから始まります。及第点に満足せず、自分の行動とその結果の責任は、最終的に自分にあることを自覚することです。人生にリハーサルはありません。ベストを尽くすチャンスは一度しかないのです」(203頁)。一回限りの人生をどう生きるか。他人任せにして、自分自身に固有な生を放棄するか、言い訳ばかりして、チャレンジを避けて、人生をくすんだものにするか、それとも、いま以上の自分をつくるための努力を重ねて、人生を光り輝くものにするか、その選択が問われている。
 本書では、学生時代になにをし、社会人としてなにをすべきかが、演習の実践例や社会で活躍するひとびとの描写を通じて、分かりやすく書かれている。ひとりのときのあり方、共同で活動するときのあり方、会社での働き方などについて考えるには最適の本である。著者の楽観主義になじめず、前向きに生きるのが苦手な人にとっても、自分の生活を振り返るきっかけにはなるだろう。自分の悲観主義的な態度を変えたいと望むひとには、それを可能にするためのヒントが見つかるだろう。ぜひ熟読して、いま考えるべきことを考え、実行可能なことは、ためらわずに実践してもらいたい。

人物紹介

Tina Seelig (ティナ・シーリグ)

スタンフォード大学医学部で神経科学の博士号を取得。現在、スタンフォード大学工学部に所属するアントレプレナー・センター、スタンフォード・テクノロジー・ベンチャー・プログラムのエグゼクティブ・ディレクター。さらに、スタンフォード大学の経営工学・エンジニアリング課程やハッソ・プラットナー・デザイン研究所でアントレプレナーシップとイノベーションの講座を担当。全米の起業家育成コースのなかでもトップクラスの評価を得ている。幅広い分野の企業幹部を対象に、頻繁に講演とワークショップを行っている。―本書より

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