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憎しみと赦し―ルワンダへ、ルワンダから―
推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)

 ヴェロニク・タジョの『神(イマーナ)の影 ルワンダへの旅―記憶・証言・物語』(村田はるせ訳、エディション・エフ、2019年)は、ジェノサイドの地、ルワンダを旅した著者によって書かれた物語である。タイトルにあるイマーナは、かつてルワンダの大多数のひとびとによって信仰されていた唯一神である。ルワンダの植民地化後にキリスト教をもたらした西洋の宣教師達は、ルワンダ古来の信仰を異教として排除しようとした。その結果、ルワンダ人のこころに深刻な断絶が生じた。タジョは、貶められた信仰に敬意を払ってこのタイトルを選んだという(199頁参照)。このタイトルについて、タジョはこう述べている。「わたしは神の『影』というイメージ、あたかも暴力渦巻くジェノサイドの中のルワンダを神が見捨てたかのようなイメージを使い、ぞっとするほど恐ろしい出来事を表そうとした」(同頁)。「しかし、『影』は、いつまでも同じ場所にあるわけではない。やがてそこに日が射せば、退いてゆくのだ」(同頁)。
 ヴェロニック・タジョ(1955~)は、コートジヴォワール人の父と、フランス人の母との間にパリで生まれ、父の国の首都アビジャンで育った。詩人、小説家、児童文学作家として活動するかたわら、ルワンダ、ベナン、チャドなどで絵本製作のワークショップを開催し、アフリカの児童文学の発展に寄与している。


 「はじめてのルワンダ」の冒頭で、タジョはこうしるす。「テレビに流れ、世界中を一瞬で駆け巡り、あらゆる人の心に恐怖を刻みつけたあの映像が撮影された、まさにあの場所に行きたかった。ルワンダが永遠の悪夢、単純な恐怖でありつづけてはいけないと考えていた」(10頁)。ルワンダに行き、ひとびとと交わり、ジェノサイド記念館をおとずれ、凝視して、考えぬかなければならない、彼女はそう覚悟した。「起こったことはわたしたちすべての人間にかかわりがある」(同頁)。それを他人事として見過ごすことはできないと考えたからだ。
 ドイツ、ついでベルギーによって植民地化されたルワンダでは、統治者によって、政治的支配の効率化のためにフツとツチというふたつの部族の分断が図られた。そうした政治的な背景のもとで、両部族は加害者と被害者という立場に追いこまれた。彼女はこう想像する。「理性が完全に失われた夜、もし大量虐殺の歯車に巻き込まれたなら、わたしは何をしていただろう。裏切りに抵抗しただろうか。卑怯者だったか、勇敢だったか。殺していたのか。殺されていたのか」(70頁)。「もし、わたしがそこにいたなら、わたしはどうなったかわからない。何をしたかもわからない」と、加害と被害のふたつの可能性の場面を想像しながら、彼女はこう書き留める。「ルワンダはわたしのなかにある。あなたのなかに、わたしたちのなかにある。/ルワンダはわたしたちの皮膚の下に、血のなかに、腸のなかにある。ルワンダはわたしたちの眠りの底にある。目覚めているときの心のなかにある」(同頁)。
 ルワンダの部族にも、わたしたちのなかにも憎しみの感情が等しく潜んでいる。人間関係のもつれは、しばしば、憎む、憎まれるという感情の渦へとわたしたちを陥れる。憎しみの感情が為政者や支配者によって巧妙にあおられると、ルワンダのような惨劇はどこでも起こりうるのだ。タジョはこう述べる。「憎しみは、わたしたち一人ひとりのなかに眠っています。この未知のものが、わたしたちをもっとも深く苦しめるのです。目を覚ました憎しみは、わたしたちを異次元世界に突き落とすこともあるのです。もし明日、処罰を恐れる必要がなくなったら、わたしはいったい何をしでかすでしょう? もし目のまえに未踏の領野が開かれ、昨日のさまざまな屈辱や欲求不満、恨みを晴らせるとなったら? 昔からある倫理規範が世界から突然消え去ったなら、いったい何が起きるでしょう?」(177~178頁)。倫理的な意識が薄れ、自制をうながす働きが消失すれば、わたしたちは何をするかわからない不気味な存在である。その先には、悪が跋扈する世界が出現するかもしれない。しかし、それでもなお、善良な行為、勇気ある行為が消えることはないだろうと、タジョはつけ加えている(178頁参照) 。
 「この本を読むあなたへ。あなたもわたし同様、これからの旅に恐怖を感じているだろうか。もしジェノサイドの地獄に放り込まれたら? 人間でありつづけるために、あなたならどんな犠牲をはらっただろうか」(20頁)。「あまりの残虐さに歪められた死との対面、その想像を絶する対面への心構えが、あなたにはあるだろうか。/ 心を決めて旅に同伴してほしい。わたしたち人間はいつかしっかりと立ち止まり、自分を見つめなければいけないのだから。平穏なうわべの下に潜む自分自身の恐怖を、探求しにいかなければならないのだから」(21頁)。古代ギリシアの哲学者デモクリトスは、自分自身より以上に、他の人々を恐れてはいけない、なによりも自分自身を恐れなければならないと述べた。デモクリトスは、自分のなかに、状況次第では自分がなにをしでかすか分からない恐怖を認めていたのだ。タジョは、自分のなかに潜む「恐怖」を見つめるために、自分の底に向かって降りていこうとしている。
 「訳者あとがき」に、タジョが「書くこと」について答えたインタビュー(2006年)の一部が紹介されている。「書く過程では、掘り下げよう、もっと掘り下げようとする。いつでも、もう少し遠くに行ってみようとする。掘り下げるつもりがないなら、書く必要などないのだ」(207頁)。掘り下げるとは、ひとつの考えにとどまらず、それを突き崩して違う方向へと考えを進め、まだ考えていないことを考えていく際限のない試みのことだ。その試みが書くことへとつながる。タジョは本書で、ルワンダのジェノサイドだけでなく、アフリカの歴史、人間、生と死について考えに考え抜き、書くことで人生が変ったという(211頁参照)。
 同じあとがきに、文学とジャーナリズムに関するタジョの発言が引用されている。「『文学はジャーナリズムなどと同じ事柄を取り上げても、日常生活に統合させる。ジャーナリズムが語ることを個人的に語りかける。わたしがあなたに語りかけているように、直接的に。わたしは読者に直接語りかけたいのだ』」(210頁)。タジョが求めるのは、出来事に関するジャーナリスティックな報告ではなく、読者の想像力を喚起する文学的な記述である。彼女は、出来事の現場を想像的に再現し、発言者の立場に立って考えることを読者に求めている。その意図を実現するために、彼女は、ルワンダに身を置く自分の私的な状況や、ジェノサイド記念館の内部報告、平和で穏やかな美しい村の描写、ジェノサイドを生き延びたひとびととの交流、過去の記憶をめぐる発言、死者たちのこと、本からの引用などをパッチワークのように組み合わせて、ウガンダで起きたことの細部を文学的な空間のなかで浮かびあがらせようと腐心している。
 ジェノサイドはどのように行われたのか。その状況を示すために、「キガリ」のなかで、『いかなる証人も生きのびてはならない ルワンダのジェノサイド』という1999年にパリで出版された本の一部が引用されている。「『ジェノサイドを組織した者たちは、ツチに対する恐怖と憎しみを巧みに操り、フツたちに連帯意識をもたせようとした。さらには、そうやってジェノサイドを集団の責任に帰そうとした。人々は一団になって殺害を実行するよう促された。ちょうど一斉射撃を命じられた銃殺隊の兵士たちのように、行為の個人的責任あるいは全体的な責任を問われないようにしたのだ。『けっして、たった一人で殺すことはしなかった』と、ジェノサイドに加担した一人が明言した』」(124頁)。本を閉じたタジョは、あらためて過去を記憶し、証言することの重要性をかみしめている。
 「”ツチにしか見えない”ザイール人の女」のなかで書きとめられた、「殺戮の狂気の歯車に巻き込まれた」(130頁)若い女性のひとりの語りは、荒々しい暴力が惹き起こした状況を生々しく再現している。読み進むうちに息苦しささえ感じさせるほどの悲痛な記述が続く。「もしわたしがその場にいたなら、わたしはなにをするだろう」。想像は宙吊りになる。
 「二度めの帰還」で、タジョはこうしるす。「人間の暴力は残酷で忌まわしい死をもたらした。暴力は、時の記憶のなかの永遠の怪物。/ 理解しなければ。憎悪の仕組みを、分断を引き起こす言葉を、裏切りを封印する行為を。人の心を恐怖で満たす身振りを。これらすべてを解体する方法を、理解しなければ。/ はっきりと自覚しなければ。わたしたちの人間性は危機に直面していると」(180~181頁)。 

 

 ジョセフ・セバレンジ+ラウラ・アン・ムラネの『ルワンダ・ジェノサイド 生存者の証言 憎しみから赦しと和解へ』(米川正子訳、立教大学出版会、2015年)は、祖国ルワンダで起きたジェノサイド前後の経過を自伝的に振り返る報告書である。
 セバレンジは、1994年のジェノサイド直前に国外逃亡した。のちに帰国してルワンダ議会の議長を務めたが、政府内の対立で暗殺の標的になり、再度亡命を余儀なくされた。彼の両親や7人の兄弟姉妹、多くの親族もフツ過激派によって殺害された。
 セバレンジは、「日本語への序文」で、アフリカ中央部の小国で起きたことは、世界のどこで起きても不思議ではないと述べる。「ほとんどの国が不可解な規模で死と破壊を経験しているからである」(ⅰ頁)。彼は、人間の歴史がときに大規模に殺し合う惨劇の歴史であったが、今後は暴力的な対立ではなく、人間相互の和解の道をさぐらなければならないと述べている(ⅱ頁参照)。
 本書の「その後、赦しと和解に向けて」には、著者の平和への祈りが強くこめられている。「和解は、悲惨で醜い過去に立ち向かい、明るい未来を共同で考案するために、敵同士を呼び集める。過去に起きたすべての人権侵害に関する真実を伝え、皆がお互いに平和に一緒に暮らせる社会を築くよう、対立している地域社会を呼び集める。お互いの話に思いやりを持ち、集まって耳を傾けるよう求められる。これはまさに、フツとツチの命が親密に結ばれているルワンダに必要なことだ」(264頁)。ひとから被害をこうむったときに、すぐさま怒りにかられて復讐するのではなく、状況次第では相手がしたことを自分もしうると冷静に反省し、自制することができれば、被害と加害の連鎖に終止符を打つ方向が見えてくる。自分の苦しみだけにとらわれるのではなく、相手の立場に身を移して、相手の苦しみを自分の苦しみとして受けとめることができれば、相互に交流する可能性も開かれるだろう。しかし、それは容易ではない。
 セバレンジは、ジェノサイド後の怒りで消耗した日々のなかで、「なぜ、そんなことが起きたのか」と問い返しながら、檻に閉じ込められた動物のように行ったり来たりしていた(288頁参照)。その過程で、憎み続けるよりも、「赦すこと」に目を向けるべきではないかと考えるようになった。その思考は、彼のこころにひとつの明かりをもたらした。「赦すことで、私は全く新しい光の中で、世界を見渡すことができるようになった。自分自身を自由に解放する力を持ち合わせていることに気づいた。私たちは皆、自分を解放する力を持っている」(同頁)。そう確信した彼は、本書でもっとも重要なことをしるす。自分を解放するためには、「簡単に達成できない内面的変化のようなものが求められる。高いレベルの意識が必要だ。以前とは違った見方で、世界を見なければならない。私たち全員が不正行為に関わったことがあるので、そこにはあなたも含まれる。ジェノサイドの恐怖を体験したことがないかもしれず、家族を殺害されたこともないかもしれないが、少なくとも誰かに虐待されたことがあるだろう。不誠実な配偶者、思いやりのない両親、疎遠な子ども、憤慨している同僚。痛みとは思想の領域であり、私たち一人ひとりはその領域のどこかで居場所を見つけ、それぞれ赦す機会がある」(同頁)。他人の不正をとがめる前に、自分のなかの悪や不正を見つめるならば、他人を一方的に責めるのではなく、「私があなたなら、私も同じことをしたかもしれない」と相手を赦すこともできるようになる。
 セバレンジは、赦すということに関して三つの点を指摘している。第1点は、私たちがお互いに赦しあうことができれば、次世代の平和は可能になるということである。「次世代に平和をもたらすには、赦しこそが被害者ができる最も合理的な応答である」(290頁)。私たちのなかに潜む憎しみや復讐の願望に身をゆだねることを制御し、相互に理性的な仕方で交流できれば、暴力の連鎖が断ち切られるのだ。第2点は、赦しは身体にいいということである。ルワンダには、「自分を傷つけた人に対する怒りと憤りは、結局、自分自身を傷つけることになる」(291頁)という意味の諺があるという。近年の医学・心理学的な研究によれば、怒りと敵意は循環器の機能に有害であり、嫌悪の感情は心身の働きに毒を盛ることになる(292頁参照)。セバレンジ自身も、ジェノサイドの記憶の反復や、怒り、苦しみで不眠症になり、心身ともに疲弊した。そうした危機的な状況のなかで、彼は、ネガティブなことばかり考えることから、親切にしてくれたよきひとびとのことや楽しかったことを思い出す方向に切り替えた。自分を苦しめたひとびとの苦しみも想像し、そのひと達を赦す気持ちも生まれたのである。第3点は、赦しが多くの宗教の中心的なメッセージだということである。そのいくつかが引用されている。「≪あらゆる悪意につながるすべての恨み、憤怒、怒り、喧嘩、そして中傷を捨てなさい。キリストの神様があなたを赦したように、皆に優しく、思いやりを持ち、お互い赦しあいなさい≫(聖書エピソへの手紙4:31-32)」(296頁)、「≪敵を赦し和解する者は、神からほうびを受け取るだろう≫(コーラン第3章172節)」(同頁)、「≪違反者から赦しを求められたら、心からそして快く赦すべきである……赦しはイスラエルの根源にとって自然である≫(ミシュネー・トーラー2:10)」(同頁)「≪豪華さ、赦し、堅忍、清潔、悪意と高慢の欠如。これらは、神の美徳にさずかった者の性質である≫(バガヴァット・ギーター)」(同頁)。復讐ではなく赦しを強調した仏教徒のダライ・ラマのことにも言及されている(同頁参照)。
 セバレンジは、おしまいの方でこう述べている。「何年もの間、自身の中でどのようにして赦しが育つか学んできた。赦しを花に喩えると、水をやれば成長する。例えば、私が前向き思考、思いやりがあるスピーチ、礼儀正しさ、共感、そして熟考を実行することにより、育つことができる。そのように行えば、赦しはもはや犠牲や挑戦ではなくなり、人生の一部となる。長い道のりの旅。私の旅はまだその途中で、これからもずっと続く」(301頁)。
 タジョのルワンダへの旅がずっと続くように、セバレンジの旅にも終わりはない。いまもどこかの場所で憎しみが暴力の連鎖を生み、ジェノサイドも起きている。彼らの旅に同伴するひとには、人間の憎しみがもたらす出来事の細部への深い反省と、赦しの可能性をさぐる強靭な思考が求められているのだ。

 

 


人物紹介

ヴェロニク・タジョ (Véronique Tadjo) [1955−]

 

コートジヴォワール人の父とフランス人の母のあいだに1955年パリに生まれ、父の国の経済首都アビジャンで育つ。詩人、小説家、画家、児童文学作家・研究家。現在は拠点をロンドンとアビジャンに置く。パリのソルボンヌ大学でアメリカ黒人文化を研究し、博士論文を提出。1983年に詩集Laterite(ラテライト)が文化技術協力機構文学賞を受け、以降作家として活動する。そのかたわら、コートジヴォワールのアビジャン大学で教鞭をとり、2007~2015年には南アフリカ共和国のヴィットヴァターズランド大学でフランス語部門の責任者を務めた。児童文学作家としては自ら挿絵を描くこともあり、マリやベナン、チャド、ルワンダなどで絵本制作のワークショップを開催し、アフリカの児童文学発展に貢献した。
最新の小説作品は2017年刊行のEn compagnie des hommes(人間たちとともに)。邦訳作品は本書『神(イマーナ)の影』のほかに絵本『アヤンダ おおきくなりたくなかったおんなのこ』(村田はるせ訳、風濤社、2018年)がある。 -エディション・エフ ホームページより

ジョセフ・セバレンジ (Joseph Sebarenzi) [1963−]

1997年から2000年までルワンダにて議会議長を務めた。国際人権法博士号、国際・異文化マネージメント学修士号と社会学学士号を取得。現在は、アメリカの国際トレーニング学院(SIT)で人権と紛争転換を教え、アメリカの人権と特別検察当局のアドバイザーを務める。アメリカのさまざまな大学や企画で、紛争対処、赦しと和解に関する講演を行っている。 -本書より

ラウラ・アン・ムラネ (Laura Ann Mullane)

 

フリーランス・ライターで、『ワシントン・ポスト』や『オープン・スカイズ』『ヘミスフィア』などに執筆。著作としてSwimming for Shore: Memoirs of a Reluctant Motherがある。-本書より

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