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アメリカの一断面―スタンフォード大学管見―
推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)

 星友啓の『スタンフォード式生き抜く力』(ダイヤモンド社、2020年)は、スタンフォード大学・オンラインハイスクールの校長としてシリコンバレーで暮らす星が、世界最先端の科学的知見を参照しながら、「生き抜く力(The Power to Survive)」とはなにかを語ったものである。
 本書は、「スタンフォード、シリコンバレーの世界最先端科学と『生き抜く力』」、古今東西『生き抜く力』の思想史」、「スタンフォード式『生き抜く力』の磨き方」、「[ハーバード×スタンフォード] 極上『コラボ力』で最高の人間関係をつくる」、「世界の天才たちもやっているコミュニケーション力の鍛え方」、「スタンフォード式『許す力』で世界中の”天敵”を思いやる」、「スタンフォード大学・オンラインハイスクールから実況生中継! 本当の幸せの見つけ方を科学する」の全7講からなる。
 第1講は、2014年の卒業式でエンパシーの大切さを強調したビル・ゲイツとメリンダ・ゲイツ夫妻の話題から始まる。エンパシーとは、相手の心に共感する力である(17頁参照)。2006年には、当時上院議員だったバラク・オバマがノースウェスタン大学の卒業生に対して、「私たちの今生きている文化は、エンパシーの気持ちを削いでしまう。……私は君たちがそうした傾きに流されないでほしい」(18頁)とメッセージを送っていた。アメリカでは、近年でも、エンパシー(相手の立場に立って、相手を思いやる働き)を重視するビジネスパーソンが少なくない。たとえばインスタグラムの共同創業者のマイク・クリーガーもこう述べている。「エンパシーはデザインのプロセスのカギとなる。特に自分の殻を打ち破って、新しい言語、文化、年代などに向かい合ったときに」(24頁)。


 つづいて、スタンフォード大学「思いやり利他行動研究教育センター」の科学ディレクターのエマ・セバーラが2013年に述べたことばが紹介されている。「何度となく脳科学や進化心理学などにおける研究が示してきたことは、『思いやり』がまさに進化の結果生まれた人間の本質であるということです。(中略)10年ほど前には少数で、単に興味深い程度だった研究が、今では、科学の一大ムーブメントとなって、私たちの人間観を変えようとしています」(29頁)。このセンターは、チベット仏教の指導者ダライ・ラマの寄付により設立され、人間の思いやりや利他性を、心理学、脳科学、医学などの視点から分野横断的に研究している(30頁参照)。
アメリカのいくつかの大学の高齢者研究によると、人助けする高齢者はそうでない高齢者よりも長生きする、自分への見返りを期待せず、相手のことだけを思いやって人助けすれば長寿の可能性が高まる、といった報告がなされている(35頁参照)。カリフォルニア大学バークレー校「よりよい人生センター」のダッカー・ケルトナーらは、「ベガス神経(迷走神経)」に注目し、この神経が共感や思いやりといった利他的な感情と、体内に起こる生理学的な現象を結びつけていることを明らかにしている(40頁参照頁参照)。人助けは、それをする人の健康にもよいことが科学的に証明されつつあるのだ。
アメリカであれ、日本であれ、弱肉強食の社会、熾烈な競争社会では、他人を心から思いやり、他人の苦しみや悲しみに共感し、他者との共存を願う人は多くはいないだろう。しかし、自社の繁栄や自分の利害だけに関心を払い、他の会社や他人を競争相手としか見なければ、終始落ちつかず、ストレスや不安が高まることは避けられない。
第2講では、人を思いやること、共感することの大切さを何よりも訴えた人として、ダライ・ラマ、第266代ローマ教皇フランシスコ、『武士道』を書いた新渡戸稲造、孔子、ヒュームなどの考え方が紹介されている。
第3講は、「生き抜く力」を活性化するために必要な三つの要素(「聞き取る力」、「共感する力」、「与える力」を呈示している。星によれば、相手の話すことをしっかりと聞き取るためには、受身的に聞くことを避け、対話に積極的参加することが必要だ。相手の発言をパラフレーズして確認し、相手の気持ちに共感しながら聞くことも欠かせない。相手の話に集中していることを表情や身ぶり、手振りなどで示すことも大切であり、相手の考えを決めつけたりと、話の腰を折ったりするのは厳禁だという。
「共感する力」を養うのは、「思いやり瞑想」(「自分を心からいたわる気持ちから始め、身近な人たち、見知らぬ人たち、すべての人たちへと思いやりの輪を広げて行くメンタルトレーニング」(96頁)が最適であると星は言う。このトレーニングは、心理学や脳科学によって、リラクゼーション効果や、ストレス耐性をあげる効果があると確認されている。
「与える力」は、親切な行動をして、それを振り返るという「親切リフレクション」を通じて養われるという。星は、週に1日、「親切の日」をつくり、人のためになることを5つ行い、その日の最後に、自分がどんな親切を、誰のためにしたのか、なぜそうした行動を取ったのか、結果としてどのような気持ちになったかなどについて振り返ってみることを提案している。この種の親切行動のエクササイズによって、実際に親切な行動をする心の習慣が形成され、「与える力」が養成されていく。
第5講は、コミュニケーション力を鍛えるための実践的なアドヴァイスが満載である。だれもが、コミュニケーション力は大切だと認識しているだろう。しかし、複数の人の前で発表することや、食事会や飲み会で話をしたり、世代が異なる人と会話したりすることが苦手な人は多いはずだ。どうすればコミュニケーション力がつくのかわからないまま、途方にくれている人もいるだろう。そういう人のために、ポジティブ心理学の第一人者のクリスティーン・ネフが唱える「自分をいたわる力 Self‐Compassion」が紹介されている。ネフによれば、この力の第1要素は、「自分にやさしくすること」(154頁)であり、第2の要素は、「『不完全であることが人間である証である』と意識すること」(155頁)であり、第3要素は、「マインドフルネス、つまり、自分の感じていることそのものを受け入れること」(同頁)である。この力の養成がコミュニケーションの苦手意識を克服することにつながるという研究報告も出ている。ネフの主張を要約すればこうだ。自分が苦手な経験をする場合、失敗や挫折はつきものであるが、そこで落ちこんで自分に見切りをつけるのではなく、失敗という経験を見つめなおし、それをどうプラスの方向に切り替えていくかをよく考えて行動することが大切だということだ。本書の巻末に、ネフが考案したエクササイズ「1回5分! 自分いたわりブレイク」が紹介されているので、関心のある人は、そちらを参考にしてほしい。
第7講の最後には、スタンフォード大学で心理学を教えていたフィリップ・ジンバルドーが提唱した、生きがいにみちた人生を過ごすための7つのヒントが紹介されている(250~253頁参照)。1.過去・現在・未来をバランスよく使いこなす。過去にひきずられて、現在をおろそかにするのも、未来を考えずに現在を過ごすのもよくないということだ。2.生涯をかけて学びを大切にする。3.「情熱リスト」で自分の情熱を育む。熱意を持ってとり組んでいることや、情熱が向く将来の目標を書きとめて、より情熱的な人生をめざすことである。4.シャイな自分を捨て、社会でみんなとつながる。5.自分をリメイクし続ける。漫然と生きる態度を自己批判して、不断に自分を作り変えていく姿勢を保つことである。6.社会派の「はみ出し行動」を大切にする。周りに気を使い、同調圧力に屈するあまり、したいことができないという状況を自分で打破することである。7.社会の変化に貢献するヒーローを志す。エンパシーと思いやりを心の中心に置き、日々、積極的に行動して、社会がよい方向に変化するように努めることである。ヒーローとは、助けを必要とする人々のために、リスクやコストをいとわず行動できる人を指す。ここにあげた7つのヒントのどれでもよいので、自分の生活に活かそうとすれば、変化がおきてくるだろう。
本書は、自分で生きること、他者とともに生きること、働くこと、生活を豊かにすること、利己性と利他性、エンパシーと思いやりといった問題について考える数々のヒントを提供している。生き方や働き方が激変する時代に、学生として、社会人としてどう生き抜くかを考えるうえで大いに参考になるにちがいない。


 スティーヴン・マーフィ重松の『スタンフォード大学 マインドフルネス教室』(坂井純子訳、講談社、2016年)は、自分の授業内容をまとめたものである。著者は日本で生まれ、米国で育った。スタンフォード大学で心理学を教えている。
 本書は、プロローグ、「念(Mindfulness)」、「初心(Beginner’s Mind)」、「本当の自分(Authenticity)」、「絆(Connectedness)」、「聴く力(The Heart of Listening)」、「受容(Acceptance)」、「感謝(Gratitude)」、「義理、人情、責任(Responsibility)」の全8章、エピローグからなる。
 第1章「念」は、マインドフルネスへの招待である。近年、日本でも、マインドフルネスに関心を示す人が急速に増えている。アメリカでは、1979年に、分子生物学者のジョン・カバット・ジンによって、マサチューセッツ大学医療センターで「マインドフルネス・ストレス低減プログラム」が初めて導入された。今では世界中の200を超える医療センターで実施されている(27頁参照)。2014年の2月3日発行のタイム誌で、「マインドフルネス・レボリューション」宣言がなされた。マインドフルネスは、さらに、教育、舞台芸術、法律、リーダーシップ、ビジネスなどのさまざまな分野で取り入れられている。(28~29頁参照)。
 著者の説明によれば、マインドフルネスとは瞑想、精神の集中、感情のコントロールといった意味を持つ(26頁参照)。心が外へ、外へと分散し、休みなく動いている状態にブレーキをかけ、「今とここ」に精神を集中させ、ひたすら自分と向き合う時間を生きること、それがマインドフルネスである。「マインドフルネスとは自分が何者であるかを探り、自分の世界観と自分のいる場所を問いながら、意識を目覚めさせて自己や世界と調和して暮らすことなのである」(35~36頁)。マインドフルネスを通じて、われわれが先天的に備わっている共感力や、思いやり、親切心によって互いに深く結びついていることが分かってくると、著者は言う(同頁参照)。先述した「マインドフルネス・ストレス低減プログラム」開発者のジョン・カバット・ジンによれば、マインドフルネスとは、「意識的に、今という瞬間において、価値判断を加えることなく、注意を払うことである」(37頁)。
 著者は、マインドフルネスの主要な方法をAwareness(気づき)、Being(存在すること)、Clarity(明瞭さ)で示している(39~40頁参照)。「気づき」とは、自分の考えていることやしていること、自分の心や体の中で起きていることなどを意識することである。「存在すること」とは、性急な思考を一時的に中断して、自分の経験とともにある状態を維持することである。「明瞭さ」とは、自分の生活のなかで起きているどんなことにも注意を向けて、眺めることであり、あるがままに物事を見ることである。
 スマートフォンに病みつきになり、暇さえあれば小さな画面を見入る生活をしていると、「今とここ」に意識を集中させて、自分の呼吸や自分のなかで起きていることに注意を払うことはむずかしい。マインドフルネスは、多忙な生活で憔悴した人に、「ペースを落とし、心をからっぽにすること」(28頁)をすすめる。情報の洪水に押し流されて消耗しないための自衛策である。それが健康だけでなく、ビジネスにも好影響をもたらすことに注目する企業も増えている。
 第3章「本当の自分」では、クラスでの第1回目の授業風景が紹介されている。著者は、学生たちに「あなたは誰ですか」(95頁)という質問をし、意見が出やすいように、「NY式ハッピー・セラピー」というコメディ映画の一部を見せる。セラピーグループの会話の場面だ。ファシリテイターから「君は誰だね」と問われたディヴは、自分の肩書き、趣味、性格を答えていくが、「『「私が知りたいのは、君が誰かということなんだよ」」(96頁)と言われて、「『あんたが何を言わせたいのか分からないんだよ!』」(97頁)と激高する。この場面を通して、「自分が本当のところ何者なのか」という問いは、見かけほど単純ではないことが示されている。
 著者は、この問いの意味を学生がより深く理解するために、自分が何者かを示す10の単語を書いて、3、4人のグループで話し合ってもらったり、自分が誰であるかを説明するにふさわしい物を持参してもらって、その説明を求めたりしている。こうした授業を通じて、「心に浮かぶ自分の気分や思いに気づくことができれば、その気分を自分がどう考えるか知ることにもなる」(98頁)と、著者は考えている。自己認識のすすめだ。
 「本当の自分なんてあるはずがない、幻想にすぎない」と性急に断定する人もいるだろう。著者によれば、「本当の自分」を探すためには、いくつものステップを必要とする。すなわち、「マインドフルになる」、「深い内省の段階に進む」、「その瞬間の状態に気づくようになる」、「その気づきの流れの中で暮らすようになる」という自己認識のステップを経れば、本当の自分の状態に入れるという(107頁参照)。「私たちが静かに正直に心の内を見つめ、今まで塞ぎ続けてきた奥深い内面の声を聴く時に」(同頁)、「本当の自分」が見えてくるのである。
 著者は、心理学者ウイリアム・ジェイムズのことばを引用している。「『心底生きていると感じ、心の声がこれこそ本当の自分だと告げるような精神的特性を探し出しなさい。そして見つけたなら、それを追いかけなさい』」(108頁)。もう一人、神学者のハワード・サーマンの助言も引用している。「『世の中が何を必要としているかと問う必要はありません。何が自分を生き生きさせるかを問い、それを実行しなさい。なぜなら、世の中が必要としているものとは、生き生きと輝く人々だからです。』」(同頁)。生き生きと生きることができるためには、自分なりの目的が必要だ。自分が何を求めて、どのように生きていくかが明確になれば、生き方はおのずと輝きだす。とはいえ、自分の声を聴くために心の底に降りていくことは容易ではない。その結果、方向が定まらず、くすんだ生活のなかで消耗しかねない。それを反転させうるのが、マインドフルネス実践なのだ。
 本書の他の章では、人間同士の絆(つながりの経験)のもつ意味や、「私」から「私たち」へのパースペクティブの転換、相手の話をアクティヴに聴くことによって開かれてくる世界、自分の力ではどうすることもできない現実を受容すること、感謝を知ることの意義などについて、いくつもの貴重な示唆が示されている。じっくり読んで、参考にしてほしい。


人物紹介

星 友啓 (ほし-ともひろ) [1977-]

スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長。
経営者、教育者、論理学者。
1977年生まれ。スタンフォード大学哲学博士。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。教育テクノロジーとオンライン教育の世界的リーダーとして活躍。コロナ禍でリモート化が急務の世界の教育界で、のべ50か国・2万人以上の教育者を支援。スタンフォード大学のリーダーの一員として、同大学のオンライン化も牽引した。スタンフォード大学哲学部で博士号取得後、講師を経て同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加。オンラインにもかかわらず、同校を近年全米トップ10の常連に、2020年には全米の大学進学校1位までに押し上げる。世界30か国、全米48州から900人の天才児たちを集め、世界屈指の大学から選りすぐりの学術・教育のエキスパートが100人体制でサポート。設立15年目。反転授業を取り入れ、世界トップのクオリティ教育を実現させたことで、アメリカのみならず世界の教育界で大きな注目を集める。本書が初の著書。―本書より

スティーブン・マーフィ重松 【 Stephen Murphy Shigematsu】[1952-]

日本生まれ、米国で育つ。スタンフォード大学の心理学者。ハーバード大学で心理学の博士号取得。ハーバード大学、東京大学、スタンフォード大学で教鞭をとる。現在、スタンフォード大学でライフワークス・ファウンディング・ディレクターを務める。マインドフルネスやEQでグローバルスキルや多様性を高める国際的な専門家として知られ、教育、医療分野を中心に活躍している。著書に、『When Half is Whole』(Stanford University Press)、『Multicultural Encounters』(Teachers College Press)、『多文化カウンセリングの物語(ナラティブ)』(東京大学出版会)、『アメラジアンの子供たち―知られざるマイノリティ問題』(集英社新書)などがある。―本書より

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