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水の惑星の変貌と危機―いま世界で起きていることー
推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)

 マッティン・ヘードベリの『世界の天変地異 本当にあった気象現象』(ヘレンハルメ美穂訳、日経ナショナルジオグラフィック社、2021年)は、近年、世界の各地で、これまでにない規模でおきているさまざまな気象現象を写真と文章で示したものである。著者はスウェーデンの気象学者、ストックホルム大学で気象学を学び、空軍で航空技術を習得し、気象学者と航空士になった。本書には、大気圏を飛行することで可能になった、思わず息をのむ写真がいくつもおさめられている。いま世界の各地でおきている海と空、森や大地のただならぬ姿がそこにある。著者は、当初は探検旅行やスポーツ参加者に気象情報を提供することをめざしていたが、その後、気候問題に強い関心を示すようになった。著者は「はじめに」でこう述べる。「人間は、自然と協調しなければ生きていけない。自然がなければ、人間もない。私たちは自然の一部、自然は私たちの一部だ。私たち人間は、気象に、気候に、生態系に影響を及ぼし、逆に影響を及ぼされてもいる。地球上にあらゆるシステムが互いにつながっている。すべてが変化し、すべてが絶えず動いている」(9頁)。自然と人間はたがいに連動しつつ生成している。しかし、人間が傲慢にも自然との共存の絆を断ち切り、自然を意のままに管理・支配しようとすれば、自然は未曾有の現象で答える。それが、著者の言う「極端な気象」(同頁)である。「極端な気象」とは、気象予報でよく耳にするようになった、「これまで経験したことのない自然現象」を指す。大規模な森林火災、すさまじい熱波と豪雨と大洪水、見たこともないオーロラや雲の出現、氷河の崩落、永久凍土の融解などである。本書によって、自然の底力を前にした人間のちっぽけさと、気象現象の壮大さが浮き彫りにされている。


  本書は、「はじめに」、「大気の大循環」、「風」、「温度」、「降水」、「さまざまな現象」、「未来の気象」、「エピローグ」からなっている。大気の循環や風、雨などの自然現象に関する記述は簡潔、明瞭で、素人にも理解しやすい。「風や海流はどのようにして生まれるのか」という疑問に、著者はこう答える。「風と海流は、自然が空気中の温度差や湿度差、海水の温度差や塩分濃度の差、海上を吹く風の差を小さくして、バランスを取るための方法だ。空気は気圧の高いところから低いところへ流れたがる。冷たく重い空気は温かな空気の下へ流れ込む」(18頁)。すべては自然の采配によるものである。竜巻は、雷雲の下で、地表に向かって伸びる「象の鼻」のなかで風が渦巻く現象だ(18頁参照)。地上の建造物を一瞬にして吹き飛ばす巨大な竜巻の写真(24~25頁、27頁、28頁)には恐怖を覚える。
 99頁の死に瀕した珊瑚礁の写真は、ショッキングな一枚である。「ストレスにさらされる海の熱帯雨林」という見出しがついている。珊瑚礁は海全体のわずか1%にすぎないが、海の動植物の4分の1の暮らしを支え、すべての部分が互いに作用し合い、周囲の海とも作用し合うという精緻なシステムを形成している(98頁参照)。その珊瑚礁の多くは、人類の排出する二酸化炭素や、汚染化学物質、プラスチック、原油流出、珊瑚の破壊、土壌浸食による海水汚染、海水温度の上昇などによって生存を脅かされている(同頁参照)。
 124~125頁の「減少する雨林」という見出しがついた熱帯雨林の写真もインパクトがある。「地球上の動植物の半数が、熱帯雨林に生息している」(126頁)。100年ほど前には地球上の面積の約14%を占めていた熱帯雨林は、人間の活動によってむしばまれ、半数は様変わりしてしまった(同頁参照)。生物種の減少にともない、雨林内での相互作用や、雨林と生物種の相互作用も失われ、環境は激変しつつある。
 126~127頁には、ブラジル北部で、雨林を伐採したのちに整地された、大豆を栽培するための広大な土地の写真が掲載してある。ブラジルでは、経済活動を優先する現政権のもとで、アマゾンの熱帯雨林の伐採は急速に進み、放牧地や農地が増えている。金採掘を目当てにした違法な森林破壊も後を絶たない。熱帯雨林の消失が地球環境にもたらす深刻な影響を危惧される。
 「未来の気象」のなかで、著者は、今後の温度上昇、洪水の頻度、巨大台風やハリケーンの襲来の頻度、氷河の崩壊と海面の上昇などによって、気候システムそのものに「眠れる巨人」と呼ばれる大規模な変化がおこりうると予測している(182頁参照)。この巨人が目を覚ましたとき、「メキシコ湾流、砂漠化、海の酸素濃度、珊瑚礁、アマゾン熱帯雨林、モンスーンによる雨、永久凍土、氷河、北方林」(同頁)などに甚大な影響が生じると予言している。この章は、こう締めくくられている。「温室効果を助長したことで、人類は気候システムに興奮剤を与えたようなものだ。私たちは、さらに極端な気象に見舞われることになるだろうし、大規模な変化も覚悟しなければならない」(183頁)。
 「エピローグ」は、本書の核心部だ。2015年のパリ協定で、気候変動による温度上昇の目標数値を1.5℃までに抑える努力をすることで合意がなされた。学者、政治家、産業界、各個人、社会全体は、何十年も前から温度上昇がもたらす深刻な事態に気づいていながらも、具体的な対策に取り組んではこなかった。危機的な状況は刻々と明らかになりつつある。
 著者は、今日の状況をこう診断する。「人類は、生態系全体にも、一つ一つの生物種にも、とてつもなく大きな影響を及ぼしていて、プランクトンから霊長類まで、地球上のあらゆる陸地、あらゆる水流や海の中に生息する、あらゆる生物を激減させてきた。方法はいろいろだ―インフラ建設、森林伐採、大規模な単一栽培農地の造成、乱獲、粒子の排出、化学物質による汚染、医薬品の廃棄、プラスチック、騒音、光など」(185頁)。人類の破壊的な経済活動の特徴は、自然を所有物と見なして、技術的に管理し、変形し、人間の都合のいいように利用する点にある。「何万年、何億年という年月をかけて形作られ、発展してきた一つのシステム」(186頁)としての自然は、人間の容赦ない介入と支配によって崩されつつある。しかし、「人間もその一部だ。自然がなければ、私たちはそもそも存在できない」(同頁)。自然を虐待する人間の振る舞いは、ひるがえって、人間自身をも滅ぼすことになるのだ。
 こうした悲劇を回避するためには、学者の意見にもっと耳を傾け、環境と自然保持のための法律や規則を制定し、これまで以上に巧妙に自然管理を行うべきだと声高に訴えるひとは多い。しかし、それでは不十分で、「もっと深いところに目を向ける必要がありそうだ」(同頁)と著者は言い、こう続ける。「そうすると、自然を対象物とみなすのではなく、存在するだけで価値のある主体、あるがままのペースで存在し、発展し、繁栄し、変化する権利をもった主体として捉えるべきだ、ということが見えてくる。つまり、地球上に生きるほかの生物たちと私たちの関係を特徴づけてきた、人間中心主義的なものの見方を変えなければならない。私たちはほかの生物と共存しているのだ、と理解しなければならない」(強調は著者)(186~187頁)。著者によれば、自然や生態系、ほかの生命体を主体と見なすということは、それらに法的な権利が認めることである。それと相関的に、人間にも権利だけでなく、生命システムに対する義務が課せられる。こうして、自然と人間の関係が対等になるのだ(187頁参照)。この対等な関係がもしも可能になるならば、主体としての自然は、もはや経済的な利益を求める人間の対象、所有物として扱うことはできなくなる。自然はみずからのリズムで変化、発展し、主体的に生きる自然として尊重されるのである。
 これまでに幾度となく自然の「極端な現象」に直面してきた気象学者は、これ以上の危機を回避するためには、自然を対象化して処理する活動を抑制し、自然を人間と同様の主体として遇することが必要だと考えている。われわれが他人の立場に立ってふるまう場合のように、自然の立場にも身を置いて行動することを彼は求めている。しかし、彼自身が認めているように、このように考えることができたとしても、思考が現実の危機に打ち勝つはずもない(187頁参照)。かつても今も、森羅万象に命が宿ると見なしたアニミズムの思想を信じるひとが少なくないし、汎神論的な見方に共鳴するひともいる。それらを介して、自然と人間のつながりを再考しているひとも少なくない。しかし、経済成長を執拗に求め、科学技術を偏重する世界で、加速度的に進む環境危機への対抗策として宗教的な観点に目を向けるのはごくひとにぎりだろう。
 各国の首脳や政治家、経済人などは、協力して地球温暖化の元凶としての二酸化炭素削減を目指している。そのための産業構造の転換や、技術改良が求められている。彼らの多くは技術依存主義者であり、技術を駆使して環境破壊をくいとめることが彼らの目標である。自然とはなにか、自然と人間の関係がどうあるべきかなどについては問題にしない。著者は、この点をなによりも問題にしている。彼は、「エピローグ」をこう締めくくっている。「未来は私たちにとって、どんどん先の読めないものになっていくだろう。人間がいま以上に自然をコントロールすることはできない。むしろ逆だ。人間は、人間よりも大きなシステムの一参加者でしかない。ゲームのルールを決めるのは、私たちではないのだ」(同頁)。著者の「人間中心主義」批判は、環境倫理学者やエコロジストたちの批判と軌を一にするものである。

 ナショナルジオグラフィック社編『気候変動 瀬戸際の地球』(片神貴子他訳、2017年)は、変化する地形、水浸しの生活にあえぐひとびと、生息域を追われる動物たちなど、急激に変わりつつある世界の現場報告である。
 本書は、「経済への影響 フロリダ発 海面上昇とマネー」、「土地が無くなる 沈みゆくキリバスに生きる」、「目に見える危機 薄氷の北極海へ」、「動物たちの受難 ガラパゴスの生物たちの運命」、「未来への挑戦 ドイツが挑むエネルギー革命」、「損得勘定 温暖化を見方にする動物は?」の全6章と、6つの「気候変動NEWS」からなる。
 「気候変動NEWS」(1)によれば、いまのまま地球温暖化が続けば、インド北部、バングラデシュ、パキスタン南部に住む約15億人は酷暑や熱波の影響で大移住を余儀なくされるという(6頁参照)。ミシガン大学の気象学者R.ルードによれば、中東やアフリカの一部では、すでに、酷暑とかんばつのせいで移住が始まっている(同頁参照)。
 温暖化に伴う海面上昇の影響を受けるのは、フロリダの沿岸地域である。第1章の著者ローラ・バーカーは、米フロリダ大学の生物学者ストッダードが、マイアミビーチで10代の娘に気候変動会議の内容を話した場面をとりあげている。「『娘は少し黙ってから言いました。『ここには住めなくなるのね?』と。私は『そうだ』と答えました。子どもでもわかることです。なぜ大人にわからないのでしょう?』」(25頁)。
 第2章では、すでに海面上昇の影響を受け始め、水浸しの生活を余儀なくされているキリバスの人々の暮らしぶりが報告されている。中部太平洋に点在する33の環礁からなるキリバスは、大半が海抜2.5メートル未満で、海水面の上昇によって水没する恐れがある。波による島の侵食や高潮を防ぐためにマングローブ植林が行われている。島を出て行きたいひと、愛する島に残りたいひと、強制的な移住を恐れるひと、島民たちの揺れる思いが語られている。
 第3章は、北極圏でおきていることがテーマだ。1979年の人工衛星による観測開始以降、北極圏の氷の体積は半分以下になり、面積も厚さも減少した(58頁参照)。海氷の変化は生態系の崩壊につながる。海氷が減少すれば、その下に生息する藻類に影響し、それを食べて育つ生き物にも影響する。ホッキョクグマやセイウチ、ワモンアザラシなどの海生哺乳類は、大量の海氷消失により、すでに大打撃を受けている(同頁参照)。ホッキョクグマ研究で知られるカナダ・アルバータ大学のイアン・スターリングはこう結論づけている。「現在私たちが知っているような北極海の生態系は、いずれ消滅するだろう」(58頁)。
 氷や雪は太陽光の約85%を反射するが、氷のない海面は約93%を吸収する。海水温の上昇につれ、海氷は凍結しにくくなり、できた海氷も溶けやすくなる。海氷の減少が寒帯ジェット気流の速度低下や大蛇行の原因と見なす研究者もいる。異論もあり、原因は確定していないが、こうした現象が世界各地の旱魃や極端な気象をもたらしていることは否定できない。
 第4章は、100を超す岩礁や島からなるエクアドル領ガラパゴス諸島の生き物が主役だ。これらの島々にも気候変動の影響がおよんでいる。ガラパゴスの環境変化に注目している米ブラウン大学のジョン・ウイットマンは、最大規模のエルニーニョ現象(2016年)の影響でビーグル島の造礁珊瑚が白化し始めており、それが今後の爆発的な白化現象の前触れであり、生態系全体の劇的な変化につながるのではないかと恐れている(72頁参照)。この章では、気候変動によるだけでなく、外来種の進入、観光客の増加などによっても生存の危機に瀕している動植物の命運が報告されている。
 第5章では、脱原発、脱化石燃料を目指してエネルギー革命にとり組むドイツの現状が述べられている。著者のロバート・クンジグはこう結んでいる。「大半の国々が対策を先送りにするなかで、ドイツは世界の先頭に立ち、あえて困難な道を進んで、地ならしをするという選択をした。ドイツの努力のおかげで、ほかの国々はエネルギー転換を進めやすくなったはずだ」(113頁)。ドイツに同調する国々が増えれば、一筋の光が見えてくる。
 最終章では、温暖化のせいでピンチに陥る生物と、それをチャンスに変え、あたらしい環境に適応する生物の比較対照がなされている。野生生物保護協会で世界的な規模の気候変動プログラムを指揮するジェームズ・ワトソンは、事態の悪化は予想以上であり、生物保存の最善策は、種の存続の鍵となる個体群を特定して保護することだと語っている(118~122頁参照)。「『その後は生物に任せ、手を出さないことです』」(122頁)。
 本書は、人間の活動が地球環境を激変させ、そこに生きるひとびとや動植物を「瀬戸際」に追いやりつつある世界各地の状況を、鮮明な写真や図像、文章によって示している。環境に境界はなく、ある地域で起こることは、それ以外のあらゆる地域に影響をおよぼす。空と海と大地も普段に相互に作用し合っている。環境のなかでしか生きられないひとや動植物の間にも相互的な影響が強い。
 いま世界の各地で起きていることを知らなければ、われわれの見方や考え方、行動に変化は生まれない。本書の報告は、われわれになんらかのアクションをうながさずにはいないだろう。



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