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前半は「民主主義の未来予想図」という題目で、エマニュエル・トッド氏が「まもなく民主主義が寿命を迎える」、マルクス・ガブリエル氏が「危機の時代にこそ、「新しい啓蒙」が生まれる」と題して議論し、與那覇潤氏と市原麻衣子氏によるセッションが続きます。後半は「資本主義の未来予想図」という題目のもと、ジャック・アタリ氏が「今こそ、「命の経済」へ舵を切るとき」、ブランコ・ミラノビッチ氏が「「不平等」な世界で、資本主義を信じる」という題で議論し、これらを受けて東浩紀氏と小川さやか氏がセッションを展開します。この本では、世界経済や科学技術、グローバリゼーション、新型コロナウイルスによるパンデミック、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など、世界が抱えるさまざまな課題をどのように捉えているかについて、4人の外国人識者がインタビューに答える形式で書かれています。世界経済については、その中心が欧米から中国、インドへと移りつつあり、アフリカ諸国の経済成長も目立ち始めています。科学技術についてはAI(人工知能)が進化し、2045年に来るといわれているシンギュラリティ(技術が人類を上回る知性などを持つ技術的な特異点)が現実味を帯びてきました。また、2020年初頭に始まった新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの日常生活の風景は一変し、さらに2022年2月から続くロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって、世界の先行きも不透明になりつつあります。こうした直面する課題について、4人それぞれが見解を述べているのですが、この本の興味深いところは、それぞれの見通しが必ずしも同じではない点です。例えば、コロナ禍後の民主主義の状況について、トッド氏が悲観的に捉えているのに対し、ガブリエル氏はある種の期待を持って語っています。学生の皆さんが世界情勢について学ぶとき、ある1つの正解があるかのように捉えがちですが、とりわけ複雑化する現代社会では、決してそうではありません。こうした異論に触れるということは、物事の多面的な理解を深める上で大切です。さらに、この本のおもしろい点は、4人の外国人識者のインタビューを受けて、與那覇潤氏と小川さやか氏、東浩紀氏と市原麻衣子氏が対談し、日本の状況を踏まえながら、その内容を深めている点です。しかも、日本人識者が単純に議論に同意するだけでなく、4人の見解に異議を唱えているところもあり、読み応えがあります。
この本の内容はぜひ読んで欲しいのですが、特に印象に残ったことを少しだけ触れておきます。それはオンラインコミュニティやソーシャルメディアに関する言及です。皆さんも日常的にSNSに触れていると思います。総務省の令和5年通信利用動向調査によると、13~19歳と20~29歳は90%以上がSNSを利用しています。この本では、オンラインコミュニティが異なる意見に対して敵対的に捉えてしまう偏狭の問題や、SNSやデジタル環境が人から思考する時間を奪い取ってしまうといった問題も指摘されています。もちろん、だからと言って、オンラインコミュニティやSNSを単純に否定することはできません。例えば、アタリ氏はデジタル技術やソーシャルメディアに否定的ですが、ミランコビッチ氏はこれらの良い面も評価しています。
それぞれの識者の見解はさまざまですが、全員が共通して述べていることがあります。それは偶然の出会いや異なる意見に触れて考えるということです。自分の価値観が絶対的に正しいと信じるのではなく、異なる意見も取り込んで「免疫」を持つことの大切さ、ピンチに直面した時も偶然手を差し伸べてくれる人に出会い、他者に助けられたという実感を持つことの大切さなどが、この本の随所で述べられています。実は、私もこの本を読むきっかけになったのは、久しぶりに再会した方がこの本をプレゼントしてくれたという偶然がきっかけでした。皆さんも大学での学びを効率よく知識を手に入れるとだけ考えるのではなく、偶然の出会いや異なる意見に触れながら、「考える」ことにも時間を費やしてほしいと思います。
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エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd) [1951-]
歴史家、文化人類学者、人口学者。1951年フランス生まれ。
家族制度や識字率、出生率に基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、英国EU離脱などを予言。主な著書に『グローバリズム以後』(朝日新聞出版)、『帝国以後』『経済幻想』(藤原書店)、『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』『第三次世界大戦はもう始まっている』(文藝春秋)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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マルクス・ガブリエル (Markus Gabriel) [1980-]
哲学者。1980年ドイツ生まれ。
古代から現代にいたる西洋哲学の緻密な読解から「新しい実在論」を提唱したことで、世界的な注目を集めた。「哲学界のロックスター」の異名を持ち、伝統あるボン大学において史上最年少の29歳で正教授に就任した。主な著書に『なぜ世界は存在しないのか』『「私」は脳ではない』(講談社)、『世界史の針が巻き戻るとき』『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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ジャック・アタリ (Jacques Attali) [1943-]
経済学者、思想家。1943年アルジェリア生まれ。
経済はもちろん、政治や文化芸術にも造詣が深く、あらゆる主題を網羅した文筆活動を行っている。ソ連の崩壊、金融危機、テロの脅威、ドナルド・トランプ米大統領の誕生などを的中させたことでも知られる。主な著書に『21世紀の歴史-未来の人類から見た世界』『危機とサバイバル-21世紀を生き抜くための<7つの原則>』(作品社)、『2030年ジャック・アタリの未来予測-不確実な世の中をサバイブせよ!』『海の歴史』(プレジデント社)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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ブランコ・ミラノビッチ (Branko Milanovic) [1953-]
経済学者。1953年生まれ。
「エレファントカーブ」のモチーフによって先進国中間層の所得の伸び悩みを指摘し、所得分配と不平等に関する研究で世界的に知られている。世界銀行調査部の主任エコノミストを20年間務めた経験もある。主な著書に『不平等について』『大不平等』『資本主義だけ残った』(みすず書房)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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東 浩紀(アズマ ヒロキ) [1971-]
批評家、作家。1971年東京都生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)、『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『ゲンロン0-観光客の哲学』(ゲンロン)、『忘却にあらがう』(朝日新聞出版)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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市原 麻衣子(イチハラ マイコ)
政治学者。
ジョージ・ワシントン大学大学院修了。博士(政治学)。一橋大学大学院法学研究科教授。専門は国際政治学、民主化支援、日本外交。著書に『Japan's International Democracy Assistance as Soft Power : Neoclassical Realist Analysis』(Routledge)。共著に『自由主義の危機-国際秩序と日本』(東洋経済新報社)、『戦争と平和ブックガイド-21世紀の国際政治を考える』(ナカニシヤ出版)、監訳書に『侵食される民主主義』(ラリー・ダイアモンド著、勁草書房)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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小川 さやか(オガワ サヤカ) [1978-]
文化人類学者。1978年愛知県生まれ。
京都大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(地域研究)。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専門はアフリカ地域研究。タンザニアや重慶の参与観察を行い、「インフォーマル経済」についての研究を行っている。著書に『都市を生きぬくための狡知』(世界思想社)、『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社)、『「その日暮らし」の人類学』(光文社新書)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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與那覇 潤(ヨナハ ジュン) [1979-]
評論家。1979年神奈川県生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。当時は歴史学者で、専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として7年間教鞭をとった後、2017年に病気離職。2018年より在野で言論活動を再開した。著書に『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著、新潮選書。小林秀雄賞)、『中国化する日本』(文春文庫)、『歴史なき時代に』(朝日新書)など。
―『2035年の世界地図-失われる民主主義 破裂する資本主義』より
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