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入門経済学
推薦文:岡島 慶知(経済学部 教授)

 ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト『入門経済学』(岩本康志監訳、岩本千晴訳、東洋経済新報社、2020年)

 この本は経済学の入門テキストで、おもに大学1年生で用いられることを想定しています。このタイプの教科書としては、古くはサムエルソン経済学やスティグリッツ入門経済学やマンキュー入門経済学が有名であり、いずれもその影響力の強さと教科書としての採用実績で経済学入門のグローバルスタンダードを世界に示してきました。この本はおそらく、それらにとって代わる新しい経済学入門の教科書です。

書影サンプル
アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学(書影)
NDL 国立国会図書館サムネイル

 まず3人の著者のプロフィールについて紹介します。いずれも素晴らしい経済学者たちです。

 ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)はトルコ出身で、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで数理経済学と計量経済学で博士号を取得し、現在はマサチューセッツ工科大学研究所教授を務めています。名字はトルコ語ではアジェモールなどと発音されます。ダグラス・ノース(ノーベル経済学賞受賞)の影響を受けた新制度派経済学の流れの学者であり、過去10年間の間に世界で最も論文が引用された経済学者だと言われます。経済成長論、ゲーム理論、サーチ理論やその他ミクロ経済学の分析ツールを駆使して政治、歴史、文化、技術革新といったテーマに対して多くの知見をもたらしました。植民地政策はヨーロッパの国ごとにさまざまな多様性がありました。アセモグルは、アフリカ・中南米において特に収奪的な社会制度が実施されていた地域や国は、比較的にそうでないアフリカ・中南米の地域・国に比べて、その後の経済成長率が非常に低く抑えられてしまったことを発見し、そのメカニズムをモデル化しました。つまり、民主主義や自由といった政治的で非経済的な価値がどのように経済成長を支えているか、ということを明示的に示したと言えます。この発見は、たとえばアメリカは中国をどのように理解すべきなのか、といった現実の政治経済的問題に対して経済学の分析が有用であることを示したことになり、この点でも画期的です。アセモグルは2024年、制度の形成過程と経済的繁栄への影響の研究に関する功績でノーベル経済学賞を受賞しました。

 デヴィッド・レイブソン(David Laibson)はハーバード大学卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスへの留学を経てマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得しました。博士号の取得以来、ハーバード大学で教鞭をとっています。行動経済学を専門とし、特に異時点間選択、自己規制についての個人の意思決定が家計財務を通してマクロ経済へどのような影響を与えるかの研究で知られています。レイブソンが切り開いた双曲割引の理論では人々は「今」という時間を強く重視します。そのため、同じ金額であっても、今もらえる報酬より将来もらえる報酬の価値が「大幅に」低くなります。単に低くなるだけなら今までの指数割引モデルでも想定されていましたが、それ以上に大幅に低下する双曲割引関数で経済モデルを構築しました。近年ではレイブソンの研究は退職のための貯蓄、薬物依存、クレジットカードでの借入の研究に頻繁に使用されています。

 ジョン・リスト(John List)はワイオミング大学で経済学博士号を取得後、アリゾナ大学などでフィールド実験手法の開発に取り組みました。現在はシカゴ大学で教授を務めています。かつて経済学は実験が不可能な科学だと言われていましたが、リストの大学院生の頃には、大学生に少額の報酬を与えることで特定状況での行動パターンを観察する教室における実験が行われていました。リストが取り組んだフィールド実験は、教室ではなく実際の経済取引の現場で実験を行うことで、経済主体の行動の解明をするアプローチです。実験参加者はしばしば自分が実験に参加していることも自覚していません。社会工学系の研究で言う社会実験に近い手法です。合理的意思決定を伝統的に想定する経済学に対するアンチテーゼとして、従来は社会的選好、つまり自分の金銭的物質的な見返りだけでなく、参照グループをも気にする人間の傾向が強く指摘されていました。ところがリストが実際にフィールド実験をした結果、社会的選好は存在するものの、以前の研究ほど顕著ではないことが実証されました。また、やはり合理的意思決定へのアンチテーゼとして位置づけられるプロスペクト理論が、市場経験とともに消失することを明らかにしました。他にも、なぜ都市中心部の学校は荒廃するのか、なぜ差別が生じるのか、といった多岐にわたるテーマを研究しています。2015年、リストはノーベル経済学賞候補に選ばれました(受賞には至らず)。

 本書は入門レベルの教科書なので基礎的な経済理論の説明を積み上げてゆく構成は維持されています。そのうえで従来の経済学入門の教科書からの大きな違いとして、実証研究の成果や現実のデータが大幅に取り入れられています。理論を学ぶことが主眼ではなく、経済を理解するために理論と実証を合わせて学ぶという姿勢がより貫かれています。ただし、上に述べたようにリストのフィールド実験によって従来の経済理論が否定されたのではなく、むしろ補強された点には留意しましょう。

 前書きにはこの教科書へのコメントに対する謝辞として300人程度の大学の教員のリストが掲載されており、この教科書が非常に多くの経済学の教員からの意見を反映したうえで刊行されていることがわかります。本書こそ新しい時代の経済学入門のスタンダードとなる教科書だと言ってよいと思われます。

人物紹介

ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)[1967-]

マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部エリザベス&ジェイムズ・キリアン記念教授。
T・W・シュルツ賞、シャーウィン・ローゼン賞、ジョン・フォン・ノイマン賞、ジョン・ベイツ・クラーク賞、アーウィン・プレイン・ネンマーズ経済学賞などを受賞。専門は政治経済学、経済発展と成長、人的資本理論、成長理論、イノベーション、サーチ理論、ネットワーク経済学、ラーニングなど。主著に、『ニューヨーク・タイムズ』紙ベストセラーに選出された『国家はなぜ衰退するのか』(ジェイムズ・ロビンソンと共著)、最新刊に『自由の命運』(ジェイムズ・ロビンソンと共著)などがある。

―『入門経済学』より

デヴィッド・レイブソン(David Laibson)

ハーバード大学経済学部ロバート・I・ゴールドマン記念教授、全米経済研究所(NBER)研究員。
T・W・シュルツ賞、TIAA-CREFポール・A・サミュエルソン賞などを受賞。教育への貢献に対して、ハーバード大学ファイ・ベータ・カッパ賞、ハーバード・カレッジ賞などを受賞。専門は行動経済学、異時点間選択、マクロ経済学、家計経済学など。

―『入門経済学』より

ジョン・リスト(John List) [1968-]

シカゴ大学経済学部ケネス・C・グリフィン記念教授、経済学部長、全米経済研究所(NBER)研究員。
ケネス・J・アロー賞、ケネス・ガルブレイス賞などを受賞。他に、ユルヨ・ヨハンソン講演、クライン講演。専門はミクロ経済学、特にフィールド実験、行動経済学など。主著に、世界的ベストセラーとなった『その問題、経済学で解決できます。』(ウリ・ニーズィーと共著)などがある。

―『入門経済学』より

岩本 康志(イワモト ヤスシ) [1961-]

1961年生まれ。東京大学大学院経済学研究科教授。京都大学経済学部卒業、大阪大学経済学博士。一橋大学大学院経済学研究科教授、国立国会図書館専門調査員等を歴任。
2008年に日本経済学会・石川賞受賞。著書に『財政論』(共著、培風館)、『健康政策の経済分析-レセプトデータによる評価と提言』(共著、東京大学出版会、2017年度日経・経済図書文化賞受賞)、『新版 マクロ経済学』(共著、有斐閣)、『社会福祉と家族の経済学』(編著、東洋経済新報社、2002年NIRA大来政策研究賞受賞)。他に論文多数。

―『入門経済学』より

岩本 千晴(イワモト チハル)

関東学園大学経済学部経済学科准教授。ボストン大学経済学修士、中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了、博士(総合政策)。
訳書に、スティグリッツ/グリーンウォルド『スティグリッツのラーニング・ソサイエティ-生産性を上昇させる社会』(東洋経済新報社)、ミアン/サフィ『ハウス・オブ・デット』(東洋経済新報社)、コングルトン『議会の進化-立憲的民主統治の完成へ』(共訳、勁草書房)。

―『入門経済学』より

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