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                      | 推薦文:臼谷 健一(総合情報学部 准教授) |  
                      |  津村記久子著『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日新聞出版、2018年)
 津村記久子が好きなのだった。
 著者の作品では、日々つつましく暮らす主人公たちが、一歩踏み出す勇気によって小さな変化を起こしたり、また起こさなかったりする。つまり、主人公は圧倒的にこちら側の人たちである。本作は、そんなどこにでもいるような人々が、サッカー2部リーグ(架空のリーグではあるが、モデルはJ2リーグ)のシーズン最終節をそれぞれ迎える物語である。
 
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  書影サンプル
  
  
  
     NDL 国立国会図書館サムネイル |  
                    
                      |  2部リーグのシーズン最終節とは、なかなかに劇的な一日である。野球の後塵を拝し、バスケットボールの猛追を受けている(ちなみに、本書刊行時の2018年、Bリーグに今ほどの勢いはない)とはいえ、全国メディアでの露出もそれなりにある1部リーグへの昇格がかかるチームがあるいっぽうで、ローカルメディアですらその扱いが小さくなる3部リーグへ降格してしまう可能性のあるチームもあり、そのようなチームのサポーターにとっては運命の一日であり、また、早々に昇・降格が決まってしまったチーム、勝とうが負けようが昇格も降格もないチームのサポーターにとっても、「今シーズンもなんとか最後までよく見たな」という達成感と「このメンバーでサッカーをすることは2度とないのだな」という寂寥感はなかなかに味わい深い。それぞれのチームとサポーターがどのようにして「その日」を迎えるのか、ぜひご自身で確認していただきたい。なお、文末に各話の対戦カードと登場人物(多少のネタバレを含む)について紹介しているので、気になる話から読み始めていただければ幸いである。読んだあとはきっと実際にスタジアムに行ってみたくなるだろう。さて、Jリーグである。ここまでチーム数の増加、スタジアムの新設ラッシュ、無料チケットの大量配布、国立競技場での試合開催などの効果によって来場者数を伸ばしてきたが、岐路に立っているとみて差し支えない。チーム数は20×3の上限60に到達、新スタジアムや国立競技場の目新しさによる効果もいずれ薄まる。スタジアムの新設についても、現在計画されているもののうちいくつか(秋田(秋田市)、相模原(海老名市)、湘南(平塚市)など)は、財政がひっ迫する自治体にスタジアムの建設・運営を過度に依存する(ように見える)姿勢から「税リーグ」とも揶揄される。
 「スポーツは文化、スポーツ施設は公共財」を錦の御旗に(ことわっておくが、この考え方について、全く異論はない)、傍から見ると自治体に無理筋なスタジアムを求めてしまう理由として、「入場可能数…J1は15,000人以上、J2は10,000人以上」というクラブライセンスのスタジアム基準の存在があげられる(※1)。クラブライセンスが導入された当初は「クラブの経営安定化」を目的とした財務基準により焦点が当てられていたと記憶しているが、スタジアム基準によって財務や地元での評判の面からチームの存続が脅かされているのは何とも皮肉な話である。文化を謳うのであれば、多くの人から愛されることと、将来にわたって安定的に存続することがまず求められるはずであり、スタジアム基準は安全性や多様性をより重視したものになっていくべきものではないかと考える次第である。
 本書は、自治体を泣かせてまで造るぴかぴかのスタジアム(もちろん、サポーターのみならずホームタウンからも祝福される新スタジアムは大歓迎である)に対して放たれる強烈なカウンターなのかもしれない。本書の登場人物たちや本書では描かれなかった人たちのチームへのそれぞれの想いの集まりこそが文化なのであろう。
 
 ※1 現在は、Jリーグ規約34条「理想のスタジアム」の要件を満たせば、ホームタウンの人口、観客席の増設可能性などをふまえたうえで5,000人以上でも基準を満たすものと緩和されている
 
 
 (以下、各話のカード(チーム名のうしろは最終節開始前の順位)と登場人物)
 
 第1話 三鷹を取り戻す
 三鷹ロスゲレロス(17位)-ネプタドーレ弘前(21位)
 友だちに隠れるように弱い三鷹を応援してきた貴志と、故郷のチームを最近応援し始めた音楽好きの松下
 
 第2話 若松家ダービー
 琵琶湖トルメンタス(10位)-泉大津ディアブロ(9位)
 家族と泉大津ディアブロの試合に足を運ばなくなった高1の圭太と、その理由が気になりつつも本人にはなかなか聞けない両親の仁志と供子
 
 第3話 えりちゃんの復活
 オスプレイ嵐山(5位)-CA富士山(12位)
 フロントの迷走によってチームへの愛想が尽きかけているヨシミと、十四歳年下のいとこのえりちゃん
 
 第4話 眼鏡の町の漂着
 鯖江アザレアSC(14位)-倉敷FC(2位)
 突然彼氏がいなくなってしまった香里と、ベテラン選手野上を追い続ける誠一
 
 第5話 篠村兄弟の恩寵
 奈良FC(7位)-伊勢志摩ユナイテッド(11位)
 FW窓井の移籍後も地元のチームを応援し続ける兄の靖と、移籍先を応援することになった弟の昭仁
 
 第6話 龍宮の友達
 白馬FC(13位)-熱海龍宮クラブ(18位)
 家庭内に不登校の娘、不倫中の夫を抱える睦実と、パート先で一緒に働く細田さん
 
 第7話 権現様の弟、旅に出る
 遠野FC(19位)-姫路FC(8位)
 試合当日のイベントで権現様(獅子舞のようなもの)を演じて以降、故郷のチームを追いかけ始めた荘介と、権現様に頭を嚙まれた(頭を噛まれると縁起が良いとされる)内藤父娘
 
 第8話 まだ夜が明けるまで
 モルゲン土佐(20位)-ヴェーレ浜松(3位)
 衝動的に高知まで来てしまい、最終バスを逃して空港で立ち尽くす忍と、たまたま車で空港に居合わせた弘瀬先生
 
 第9話 おばあちゃんの好きな選手
 松江04(16位)-松戸アデランテロ(15位)
 母方の祖母の通夜にて久しぶりにおばあちゃん父方の祖母に会った孫の周治と、意外にも2部リーグの事情に詳しい「おばあちゃん」
 
 第10話 唱和する芝生
 川越シティFC(22位)-桜島ヴァルカン(6位)
 先輩のことが気になるものの、同じ吹奏楽部に所属しているということ以外に接点のない富生と、唯一の接点であった吹奏楽部をやめてしまった鰺坂先輩
 
 第11話 海が輝いている
 アドミラル呉FC(4位)-カングレーホ大林(1位)
 定年退職後、故郷広島に戻ってきた功と、近所に住む三人兄弟をスタジアムに連れてきたおじいさん
 
 
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					     | 津村記久子(ツムラ キクコ) [1978-]
 1978(昭和53)年大阪市生まれ。
 2005(平成17)年『マンイーター』(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年『ポストライムの舟』で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞受賞。2023年『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞受賞、同作は2024年本屋大賞2位に。なお、本書は2019年サッカー本大賞受賞作である。
 
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